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おかえり、ただいま我が妻よ
雪が散らつく外をサンルームの窓から眺める。
温かで香りの良いお茶、甘い菓子、並んだそれらが日常化しているけれど、思い起こせば両親がいた頃は当たり前に享受していた。
ずっと忘れていたもの。
6年前に無くしてしまったもの。
こうして一人きりで過ごして初めて知った。
レゼット様が居なくなってから何度も経験しているのに、側に居ないと認識してから徐々に感じる、考える、色んなことを。
遠縁家族と居た時は、働くこと、生きていくこと、それが当然で精一杯。言われたことをこなす日々。
こちらに来たら別の忙しさと困惑が始まって、中身は雲泥の差だが、どちらの環境も人の意見や感情の流れに押されていたように思う。
だけど。決定的に違うことはある。
遠縁家族には自分の意見なんて言えなかった。最初は反発もあったし、どうにかしようと足掻いたけれど、所詮は子供。絶対的強者の暴力や暴言を受け続ければ、そんな気持ちもポッキリ折れる。
ここの人達は、私の話し、意見を言っても怒らない。通じないだけ。いつもニコニコした笑顔で勘違いや思い込みを連発し、最後は別の話しにすり替わる。
言えないのと聞いてくれないのは違う。
屈服させることと躱されることは違う。
過去を潰されることと、懐かしく思い出させてくれるのは、全く正反対だ。
『 身体は辛くないか 』『 寒くないか 』『 食事は満足か 』『 一緒にいてもいいか 』『 怖くないか 』『 触れてもいいか 』
僅かなお茶の時間や食卓、レゼット様が私にかける言葉は全部「〜か」だった。
問われたことに「はい」と返せば、彼はほんのりと口角を上げる。
会話とは言えないことを繰り返していた。
どうしてもっと中身のある話しをしなかったんだろう。どうしてその時に真意を聞かなかったんだろう。
ただ、気付かなかった。
そこまで気が回っていなかった。
式の準備に追われて。皆の誤解を解くのに必死で。
あまりにも嬉しそうだから。喜んでいるから。
酷い罪悪感、自分がそれを持っているから自分が何とかしなければと。
本当なら誤解を招く発言をしたレゼット様と話し合うことが先決だったのに。
今なら分かる。
私は誰にも頼っていない。信じていない。
優しさに甘え過去を暴露したのに、結局のところ自分の弱さを吐き出しただけ。辛いと、辛かったと、溜め込んだ心の淀みを話しただけだ。
だからレゼット様の真意など聞いても無駄だと諦めていた。切り捨てていた。最初から。
今日、レゼット様が帰って来る。
キュリオさんが私を呼び外に連れ出せば、雪の中を馬が駆け、その背に乗った大柄な人物が近付いて来る。
話しをしよう。ちゃんと。
あの「〜か」は、全部気遣いだと知っているから。
「妻の出迎えは嬉しいものだな。だが外は冷えるから早く中へ。キュリオ、馬を頼めるか」
「もちろん。で、どうだったの?」
「聞かれるまでもない。妻の憂いを払拭するのは夫の役目だ。害虫には相応しい処置をした。もう沸いて出て来ることは二度とない」
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