彼の話し、私の気持ち

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彼の話し、私の気持ち

話しをしようと意気込んでいた。 確かにそうだった。 だからレゼット様に「身体に障る」「冷えてる」「風邪を引く」という小言を貰いながら抱き上げられて、サンルームに逆戻りになったのは願い通りなのだが。 入れ直したお茶を飲む前に、私が話し出す前に、テーブルにバッサバッサと乗せられた書類の説明を始めたレゼット様に、混乱しています。 「これは家と土地の権利書だ。次にこちらが正式な跡継ぎであることを示すもの。王の署名入りだ。誰にも覆せない。ただ、害虫を叩き出しファナはここにいるから、現在領主は不在になっている。民の暮らしの為にも、勝手ながら領地経営を任せられる人材を雇ってしまった。私が十分に吟味して面接したが、後で履歴書は確認して欲しい。で、これが」 「ちょっと待って下さい!」 脳の処理能力が追いつかない。 彼はいきなり何を言い出したのか。 こめかみを指で押さえて目を瞑る。頭が痛い。 「怒ったのか……? すまない、すぐに処理しなければと気がせいて、ファナの意見も聞かず……私は」 「怒ってません、怒ってませんから。そんな悲壮な顔しないで。少し……いえ、だいぶ話しが見えなくて」 大声を出してしまった。そうしないと延々、見えない中身の話しが続いてしまうから。 しゅんと眉を下げたレゼット様が、今度はきょとんとした顔になっている。ああ、誰か……キュリオさん、通訳に来てくれないかな。 久しぶりの二人、相思相愛の二人だと思い込んでいる屋敷の人々は、邪魔しちゃ悪いと言って皆サンルームに近付かない。助けはない。 ゆっくりと深呼吸して、唐突なレゼット様の話しを噛み砕く。書類にも目を走らせる。内容はだいたい理解した。でもなんで……? 「ファナは私の妻だろう?」 「まだ、なってませんよ」 「そうだな。でも、まだってことは嫌とは違う。つまりファナは私を夫と認めていることになる」 「えっ?!」 「結婚はまだだが心の中は一緒らしいな」 ふっと笑って目を細めるレゼット様が、眩しげに私を見ている。一緒……一緒……そう、なのだろうか? 迷うけれど「嫌」にはならない。結び付かない。 少し、熱い。いやかなり、熱くなって来た。 俯く私に「ファナはつむじも愛らしいな」なんて、更に熱を高めることを呟いている。 何だろう、この人。 全然、全然、読めない。分からない。 だけど。 彼は私の無くしたものを取り返してくれた。 何も言わず、恩着せがましいことも言わず、とても面倒なことを苦なんて一つもないとばかりに、当然のような顔をして。 妻というだけで、してくれた。 まだなのに。応えてなんかいないのに。 視界が滲む。 ポロポロ、ポロポロ、頬を伝う涙。 慌て出したレゼット様が叫んでいる。 声を聞き付けてバタバタ飛び込んで来る足音がする。 口々に彼を責める声に、ああまた思い違い、と口元が緩んでいた。
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