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侍女 ファナの失態
逆強姦という犯罪に等しい奥様の悪い遊びは、それでも公になることはない。
なぜなら、被害に遭った男性が訴えないからだ。
無理もない。
奥様の好みは十代後半の若い男。
性に対して興味が旺盛になるものの、中身は脆弱で、翻弄されやすく、溺れやすい。
反面、同世代より抜きん出ていたいのが、若さ故の浅はかさだろう。
けれど、同意も本意もなく、ましてや選んだ訳でもなく、勝手にターゲットにされたとなれば、自尊心に傷がつくだけだ。
生贄となった男達が正気を取り戻した時、一様に皆、憔悴しきっていた。後悔と、困惑と、己の迂闊さと、抗えなかった弱さに行き場のない怒りと悲しみを抱え込む。
誰が言えようか。
母親と変わらぬ年齢の女性に、襲われてしまった。
関係を、無理やり持たされてしまった。
嫌悪感、屈辱感、敗北感に口を閉ざすに決まってる。奥様は、そこを上手く突いていた。
絶対にバレない悪い遊び。
若い男の肉体を弄び、心も弄ぶ。
悪趣味で、残忍で、狂気の沙汰としか思えない。
けれど、私にそれを止める術はなかった。
自分が生きることに必死。
奥様が目配せすれば、今宵もターゲットに媚薬入りの酒を振るまうしかないのだから。
「ご歓談中、失礼します。奥様より皆様へ、特別なワインをお持ちするよう承りました。どうぞお召し上がり下さいませ」
4、5人のグループに近付き、お酒を配る。
媚薬入りのグラスは一つだけ。
奥様好みの金髪碧眼の若い男に、それを渡す。
任務はいつもと同じ手順で、間違いようもなくて、気取られないよう淡々と動作を繰り返せば、すぐに終わる、はずだった。
途中で邪魔が入らなければ。
「ちょっとファナ! ちんたらしてんじゃないわよ! この愚図が! 早く私にも用意なさいっ!」
「はい! かしこまりました」
娘は知らない。
自分の母親が何を私に命じ、それによって何をするつもりなのかを。
甘いケーキばかりを頬張るからだ。
喉が渇いたと叫ぶ娘に、一瞬だけ気を取られた。
それがいけなかったのだろう。
目を戻した時にはもう、ワゴンに乗せていた媚薬入りのグラスが消えていた。
……え?
すぐさま顔を上げ周囲を見渡せば、ターゲットの居るグループのすぐ側で、別の男性グループが話しに夢中になっている。
「あああっ!!」
「うわっ!」
その内の一人が手にしているものに気付き、思わず腕に飛びついていた。
「も、申し訳ありませんっ! とんだ粗相をしました。お叱りは受けますので、今はとにかく、濡れた御洋服のお召替えを。こちらに来て下さい!」
「いや、大丈夫だ。中身もほとんど残ってなかったし、濡れたといってもほんの数滴、飛び散っただけで……」
そうじゃない! そんな事ではないのだ!
貴方は飲んでいる。アレを。例のやつを。ほぼ全部。
たたたた大変なことになった!!
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