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未来が決定したようです
無理やり会場から男を別室に連れ込んだ。
媚薬が効いてくる時間はどれほどだったか。
任務に失敗し、娘の呼びかけも無視した形になっている。後で手酷い折檻を受けるだろうけど、今はそれより、この状況をどうにかしなければならなかった。
でも、どうやって?
焦れば焦るほど、頭の中は真っ白になる。
鼓動も早く、息苦しさに眩暈がしてきた。
「落ち着きなさい。大丈夫だ。私は怒ってないし、君を罰するつもりもない」
挙動不審を宥める、穏やかな声音。
中身は的外れだけれども、その言葉にハッとする。
こんな気遣いをされたのは、いつぶりだろう。
高い位置にある男の顔を見上げた。
若い、というには大人過ぎる顔立ち。
三十代前半と思しき男は、発した優しい声の割に、なぜか眉間に皺が出来ている。
「その、すまないが水を頂けないだろうか」
「は、はい! ただいまっ!」
目が合ったのは一瞬。
サッと逸らした男の要望により、私は侍女らしく動き出す。グラスに並々注いだ水を手渡せば、一気に3杯も飲み干した。けれど、まだ喉が渇くのか、しきりに喉元に手をやり、何かを堪えるように呻いている。
……じわりと、忍び寄る嫌な気配。
そろりと、視線を走らせた。
床に捨てられた上着、大柄な身体をソファにぐったりと預けた姿、素肌にべったりと張り付く濡れたシャツや額から流れる滝のような汗、赤い頬、荒い息遣い……
既に媚薬の効果が現れ始めている、気がする。
「あのっ! 大丈夫ですか?!」
これまで媚薬の餌食となった男達の末路を知っている。意思の力を根こそぎ奪うほどなのだ。大丈夫ではない。分かっていても、他にかける言葉が見つからなかった。
「近づくなっ! 頼む、離れてくれ!」
それは、懇願に似た悲鳴。
男が必死でかき集めた理性の咆哮。
切羽詰まった状態でありながら、またしても私を気遣ってくれている。
だから、忠告通りにすべきだと、そうするのが当然だと思っているのに、身体は少しも動かない。
しっかりと私の腰に回された、男の腕のせいで。
「ああっ、すまない! なんか、おかしいんだ……身体が熱くて君を放せそうに、ない。こんなつもりはないんだ。本当だ。だけどもう、苦しくてっ! 我慢、出来ないっ!」
瞬間、ブチィィっと、部屋中に響いた不協和音。
力任せに引き千切られた服の残骸が辺りに舞った。
すまない、と。
何度も繰り返される謝罪の言葉。
なのに、私を捉えるその瞳は、まるで獣のように獰猛な輝きを放っている。逃さない、逃す気はないと、真反対な訴えを宿していた。
この後に訪れる自身の結末は、考えるまでもない。
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