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どうなろうと構いません
その後、遠縁一家は下卑た進言をしながら私を男に押し付け屋敷から追い出した。
持って行く荷物はない。
6年前から全部取られている。
なんだったら、昨夜の情事で破けた服すら代わりの物を用意されなかった。
つまり裸。
かろうじてシーツを巻き付けているものの、靴も履いてないので男に抱き上げられている状態だ。
重いだろうに。汚らわしいだろうに。
女の身でありながら、媚薬などといういかがわしいもので事に及んだ恥知らず。
少なくとも、男の中の私の立ち位置はそれだった。
身動ぐ。降りる為に。
けれど、そうすればそうするほど、男の腕に力が込められていく。
「すまない。私なんぞに触れられたくはないだろうが、少しの間だけでいい。我慢してくれ」
「え?」
「ほんの数メートル先にある馬車までだ」
言って、結構なスピードで歩き出す。
にも関わらず、大した揺れが伝わらないのは、男の大柄で立派な体格の為せる技か。
「はれ?? ぼぼぼ坊ちゃん! どういうこと?」
「静かにしろ。彼女の身体に障る。理由は後で言うからとにかく乗せてあげてくれ。ああ、俺はいいぞ。お前と一緒に前に行く。中には入らない」
「人攫いの次は従者の真似事でもするおつもりで? やめて下さいよ。帰った時に何を言われるか……」
「人聞きの悪いことを言うな。それに、途中で彼女の服と馬を見繕うつもりだ。お前は黙って居心地の良い空間を早く作れ」
指示通り、座席に上等な敷物が乗せられていく。
その上に降ろされ、男が去り際に言葉を落としていけば、それを拾った従者の男がギョッと目を剥いた。
「昨夜は無理をさせた。すまなかった。ゆっくり休むといい」
「へあ? え? ぼぼぼ坊ちゃん?! ちょちょちょっと待っ、え、どういう意味? 彼女の格好て、まさかっ!」
遠ざかる声を耳にしながら、私は微睡み始める。
無理といえば無理をした。
慣れない初めてで、あんなにも……身体がいつもより疲れている。節々や、あらぬところも痛い。動くのが辛い。
でもそれ以上に、心がくたびれ果てていた。
あの屋敷で虐げられながらも生きて行こうとしたのは、頑張って来れたのは、いつの日か必ず全てを取り戻すと誓っていたからで。
罪人として傷物として追い出された今、それはいくら望んでも手の届かないものになってしまった。
両親との幸せな思い出は、もう記憶の中だけだ。
形あるものは全部失くした。取られた。奪われた。
全部全部。
男が私をどうするつもりなのか分からないけれど。
慰み者でも娼婦でも売られても死んでも、どうなっても構わなかった。
考えたくない。
考える気力が湧いて来ない。
このまま、眠ったまま起きなければいい。
目を閉じる。
柔らかな温もりに包まれて、馬車の振動を子守唄代わりに、私は深い闇に意識を沈めた。
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