話せば話すほどややこしい方向に

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話せば話すほどややこしい方向に

まず最初に抱いた感想は唖然、この一言に尽きる。 キュリオさんの話しによれば、男が無理やり私を手篭めにした、処女を相手に何度も盛るという手加減なしの鬼畜さで抱いてしまった、自害するべきだ、いや、こんな蛮行を犯した自分があっさり己の手で死ぬなど許されない。 ではどうするか? よし! 殺されよう! ……どうしてこの結論になったのか意味が分からない。 「あの、その話は概ね合っているのですが、大事な部分が抜けてます」 男は襲いたくて私を襲ったんじゃない。 むしろ、媚薬に侵されながらも逃げろとおっしゃってくれました。逃してくれなかったのは男だが、そもそも原因となる媚薬を飲ませてしまったのは私の方で。 「君は悪くない。媚薬ごときに負けた私のせいなのだ。だからやはり殺し」 「坊ちゃんは話しに入らないで下さい! ややこしくなる! あっち行ってて。その隅の方で大人しくしてて!」 ピシャリと言われた男は、納得がいかない憮然とした顔付きながら、すごすごと部屋の隅っこ、床に蹲る。目だけはこちらをジッと見つめたまま離れませんが。 「それで? なぜ君は媚薬なんかを?」 「……抱いて欲しかったのです」 「へぇ? 慣れた女が言うには分かるけど、男の肌も知らない処女だったのに、なんでそうなるの」 「……け、経験してみたくて」 「ふぅん? 君みたいな若くて華奢な子が、わざわざ三十過ぎの大柄なおっさんに媚薬を差し入れてまで?」 「その、人とは違う趣向で初めてをと思いまして」 「それはいくらなんでも無理があるでしょ。自虐趣味があるならいざ知らず、細身で穏やかな風貌の僕を前にしても君、めちゃくちゃ震えてるよ? 怖かったんでしょ? 今も怖いんでしょ、男が」 「そ、れは……」 「やめろキュリオ。当たり前だろうが。俺が手酷くし過ぎたんだ。怖くもなる」 正直、同じ空間に男が居るというだけで怖い。 けれど、それは隠さなくてはいけない。 私が誘ったのだ。そういう話しになっている。 「ふぅ……君さ、嘘をつくのはもうやめな? 見てて痛々しいよ。信用しろとは言わないけどさ、少なくとも君が嘘をついていると見抜ける冷静な大人だ。例えば媚薬。あれ高いんだよ? どうやって用意したの。それに、言いづらいけど、君の身体に残された傷や打ち身。坊ちゃんが無体をしたのは事実だろうけど、昨日今日でついた真新しさがない。長年の積み重ねによるものだ。僕は医学の心得があるからね。分かるんだよ。で、ここからが本題だ。真実を話してくれないかな。絶対に守ってあげるから。あの隅の奴が」 ダメだ。突き通せない。見透かされている。 ポロッと一粒、涙が溢れた。 誰にも頼れなかった6年は、ほんの少しの優しさに脆くなってしまっている。 縋りたい。助けて欲しい。 知り合って間もない相手に過去を話すのは抵抗があるけれど、差し伸べられた手を振り解く強さはなかった。 嗚咽混じりで聞き苦しかったと思う。 けれど男もキュリオさんも先を急かすことなく、話し終えるまで黙って聞いてくれていた。 そして、静寂をやぶって放たれた言葉が一つ、男の口から溢れ出る。 「事情は分かった……結婚しよう」
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