蛞蝓を愛する妻の話

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 しかし、美香子は違いました。木漏れ日を見上げ、虫の羽音へ向かい聞き耳をたてたり、咲いている花がいったいどの野草なのかと調べたり、写真を撮影したりしていました。 「私、山の中でひっそりと住む生き物が好きなんです。たとえば」  そう言って、美香子が指さした先には、、真夜中に雨でも降ったのでしょうか、ぬれ落ち葉が積み重なり、そこにうぞうぞと、うごめくものがありました。  それは、山に住む野鳥や、樹木の洞に住むクワガタなどではありません。雨上がり、軒先の暗くまだ湿っているところにぬめぬめと蠢く貝殻の無いカタツムリのような、蛞蝓がいたるところにわいていたのです。 「うわあ、気落ち悪い」  肩をすくめ、身を引いた私に向かい、くすりと微笑んだ彼女は、右手の人差し指と、親指を使ってひょい、と蛞蝓を拾い上げると左手をひろげ、その手のひらにのせて「可愛いじゃないの」と言いながら、一匹、もう一匹と目で見つけては拾いあげては乗せ、拾い上げては乗せてを繰り返しました。  美香子の横顔は、それは美しく輝いていました。薄暗い空間のなか、彼女の笑顔と両手が。ひときわ白く浮き出ているように、感じられるほどでした。  変だとお思いでしょうが、蛞蝓を拾い上げ、左手一杯になったそれに話しかけ、まるで頬ずりするように顔を近づけた美香子を、私は本当に、美しいと感じました。  そして、一緒にいたい。もし望むのなら、蛞蝓を部屋に飼ってもよいと思うほどに。
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