1 赤い傘
1/5

1 赤い傘

 家出していたりんが戻ってきたのは、彼女が失踪してからちょうど一週間が経った日のことだった。  ホームルームが始まる前、前の席の朱音が話し掛けてくる。 「何はともあれ、無事で良かったわよね。怪我も無かったみたいだし」 「本人と連絡は?」  空いている凛の席に視線を向けて私が訊ねると、朱音は小さく肩をすくめる。 「私も親から聞いただけ。昨日の夜にいきなり帰ってきたって、凛の両親から電話があったって。結衣ゆいの方は?」 「うちも一緒。『ご迷惑おかけしました』って、それだけ」 「まあ居なくなった一人娘が急に戻ってきたんだから、凛の家族もそれどころじゃないのは分かるけどさ。でもだったら尚更、本人が何か一言伝えてきても良さそうなものなのに。LINEやメールにも返事ひとつ無いし」  ポケットから取り出したスマホを確認した後、朱音は画面を中指で弾く。 「まったく、どこに行ってたんだか。もし変な奴にかどわかされたりしてたら、本当に洒落にならなかったわよ」 「朱音、声が大きい」  声を潜めてたしなめると、朱音は苦笑いしながらスマホで頬を掻く。凛の家出のことを知っているのは、担任の田地川たちかわと私たち親しい友人だけだった。 「凛の家はお硬いから、世間体的に病欠扱いにしたのは分かるけどさ……」  椅子の背もたれに寄り掛かり、朱音はクラスの中を見渡す。誰も表立って騒ぎ出さないだけで、凛が行方不明になったという噂はすでに生徒たちの間に広まっている様子だった。  私の机の上に身を乗り出して、朱音は小声で告げる。 「事件性が無かったから良かったようなもんで、下手すりゃ全国ニュースに行方不明の高校生って顔写真出ててもおかしくなかったんだから」 「それは……そうだけど」 「それにさ、水臭いじゃないの。私たちに何も言わずに行方をくらませるなんて。悩みごとでも何でも、いくらでも話くらい聞いてあげられたのに」  どこか口惜しそうに、朱音は椅子の上の両膝を抱える。 「もちろん友達って言っても血が繋がってる訳じゃないから、相手の全てを知ることなんて出来ないのは分かってる。そう考えること自体が奢りだってことも。でもさ……だからこそ、何かあった時に頼って欲しかった。本当言うとね」 「朱音……」  正直、私も同じ気持ちだった。何も告げずに突然姿を消した凛の行動は、すぐ傍に居た私たちにとっては不安と寂しさばかりを積もらせる結果になっていた。 「いつ……会えるのかな」  ぽつりと口を開く私に、朱音は小さな溜め息を返す。 「実際、しばらくは難しいかも。捜索願の取り下げとか、学校側とも色々と話し合うことになるんだろうし。もしかしたら療養とか精神的なケアとか言って、当分入院させられるかも。ほら、凛の家ってそういう所に厳しいから」 「でも、メールくらいは」 「スマホ取り上げられてる可能性もあるから、とにかく今日の放課後にでも田地川先生に訊いてみるしかないわね。お見舞いにかこつけて家まで行っちゃえば、きっと凛の両親も……」  朱音がそう言い掛けた時、唐突に教室のドアが開く。  ざわついていたクラスメイトたちの声が止み、皆の視線が入口の扉へと注がれる。  いつもと変わらない様子でそこに立っていたのは……、藤繁ふじしげりんだった。