2 物託《ものつき》
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2 物託《ものつき》

 今はほとんど使っていない家の固定電話が鳴った時点で、嫌な胸騒ぎがした。時計の針はすでに夜の十時を過ぎていた。  部屋を出て階段を降りていくと、電話に出る母親の言葉が聞こえてきた。 「ええ。……はい、田地川先生。結衣にも訊いてみますんで……」  担任の名前が出た時点で察しがついた。凛が居なくなった時と、状況は全く一緒だった。  顔を曇らせて電話を切った母が、階段の途中で立ち止まっている私の方を向く。 「朱音ちゃんが……家に帰ってきてないらしいの。携帯も繋がらないって。この前の凛ちゃんの件もあったから、ご両親が心配して先生に連絡したみたい」 「……」  私は何も言わずに階段を駆け上がり、部屋に戻る。スマホの電話やLINEで朱音に連絡してみたが、やはり応答はなかった。 「朱音……」  同じように凛が居なくなった時、朝までベッドの上でスマホを握りしめて返事を待っていたことを思い出す。もう二度とあんな時間を過ごしたくはなかった。  上着とスマホを持って再び階段を降りていく私を見て、母は驚いた表情を見せる。 「結衣、あんたまさか」 「ちょっと……探してくる」 「ダメよ、女の子がこんな時間に一人きりで。さっきもずぶ濡れになって帰ってきたばかりだっていうのに」 「大丈夫、心当たりがあるから。自転車で行くし、何かあったらすぐに連絡するから」 「ちょ、ちょっと結衣……」  呼び止める母の声を背に、急いで玄関で靴を履く。心当たりなどあるはずもなかった。だがそうでも言わなければ、母はきっと私が外に出るのを止めるに違いない。  足早に玄関の扉を開けると、雨はやんでいた。  自転車に乗って、ひと気もない住宅街の中を走り出す。  行くあてなど無かった。ただ、何かをせずにはいられなかった。 「どうして……こんなことに」  肌にまとわりついてくる雨上がりの湿気た風を振り払うかのように、ペダルを漕ぐ足に力を込める。  家出から戻ってきた凛は、まるで別人だった。誰も寄せ付けず、ただ自分の世界に閉じ籠もって周りの人間に対し敵意に近い感情を露わにするかのように。  もし同じように、朱音もまた変わってしまったとしたら……。  様々な疑念ばかりが頭の中を過ぎり、徐々に血の気が引いていく。  どうして私の周りの人間だけが……何の前触れもなく、理由も分からないまま消えてしまうのか。  時計台のある公園の近くまで来て、柵の手前で自転車を止める。公園の入口からは、先程までの激しい雨が嘘のようにひっそりと静まり返った噴水の姿が見えた。  仄かな電灯の明かりに照らされた噴水を眺めていると、さっきの赤い傘を差した朱音の姿を思い出す。  あれは……本当に朱音だったのだろうか?  凛が居なくなる前日、朱音も同じように赤い傘を差した凛を見かけたと言っていた。 「凛……」  サドルに跨ったまま、上着から取り出したスマホに凛の電話番号を表示させる。もしかすると、凛の家にも田地川から朱音が行方不明になったという連絡が入っているかもしれない。 「……」  一瞬躊躇したが、思い切って画面をタップする。  だが呼び出し音は鳴り続けるばかりで、凛が電話に出る気配は無かった。  かじかんだ手でスマホを握りしめたまま、唇を噛む。  私は、いったい彼女たちの何を知っているというのだろうか。  彼女たちが居なくなった理由も、どこに行ったのかすら……私には何ひとつ分からないのに。 「ごめん……朱音、凛」  潤み出した涙を服の裾で拭ってから、私は自転車を押して再び薄暗い道を歩き始めた。