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第四話 飴細工
溢れかえるような雑踏の中を、そのひとはすいすいと進みます。なんだかそのひとの周りだけ、うまい具合に人が避けて通るようなのです。私はそのひとの手をしっかり握り、はぐれないようについてゆきます。
「これは、何のお祭りかしら」
「水神さ」
短く答えて、そのひとはどんどん前へ進みます。めぼしい屋台が出ていても、あまりに彼が早く歩くので立ち止まることができません。私は林檎飴が食べたくて仕方ないのに、もう二軒も通り過ぎてしまいました。
「ね、もう少しゆっくり歩きましょう」
「ああ」
掠れる声でそのひとは言い、私の歩く速さに合わせてくれます。
「私、林檎飴が食べたいわ」
言いながら、林檎飴屋さんを探します。
「やめておきなさい」
窘めるように言われます。
「どうして」
「わかるだろう」
黙っていると、そのひとは私の目線に合わせるようにしゃがみこみ、
「今、心に何が浮かんだ」
と問います。彼の透徹した瞳に射竦められると、心の底を見透かされたような、薄気味悪いような心持ちがいたします。答えたら、どうなるのでしょう。怖くて、なかなか言う気になれません。
「……黄泉戸喫」
やっとの思いで答えると、そのひとは満足気に頷きました。先程の表情とは打って変わって、いつものように穏やかな笑顔です。
「そう、わかったね」
私は不承不承頷くことしかできません。
「じゃあ行こう」
そのひとは立ち上がります。
行き交う人々は、美味しそうに焼き鳥やらかき氷やらを食べています。それが羨ましくて妬ましくて、私は下を向いて歩きます。
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