お花見と彼女と俺。

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お花見と彼女と俺。

駅前の桜が咲きはじめたのを見かけて彼女にチャットで花見を提案したら、史人(ふみひと)くん頭いいからお花見コース考えてとの返事。 花見コースなんて、頭をひねって考えることじゃないのに。 彼女はデートコースを丸投げするタイプではない。 いつも自分から行ってみたいところを元気にあげてくる。 今回の返事は、ちょっと珍しい。 このあたりで花見なんて県内外から観光客が来る桜の名所があるから、そこ行って桜見て出店でうまいもん食えば充分楽しいはず。 今まで家族とそうしてきたし。 電話したかったから、メッセージを返さずに電話をかける。 彼女はすぐに出て、はじめて一緒にお花見するから特別な思い出にしたいと、照れる。 声を聞いたら、やっとわかった。 彼女は花見で、照れるレベルのことを期待してる。 美人なのに中身が幼い彼女は、つきあう気もないのに友達にせかされて五ヶ月前、高校二年の秋に俺に告白してきて。 好きだと言うから、つきあって欲しいと返事した。 クリスマスのイルミネーションを見たときに手をつないだけど、それきりで。 中身が幼いことを重々承知してるし、二人きりになることもあまりなくて、俺は興味はあるのになにもしていなかった。 わかった、花見プラン考えとくって言って、電話を切って。 ちょっと大人になって特別な思い出を所望(しょもう)してきた彼女のために、俺は頭をひねることにした。 ネットで調べて日にちを決めて。 場所は近所の名所でいい。 待ち合わせ場所と時間と、暖かくしてきてねってこと、連絡した。 花見当日は、花散らしの雨だった。 それでも名所だから、ちらほら人が歩いてる。 彼女にかわいい傘を閉じてもらって、俺の透明なビニール傘に、一緒に入って歩いてく。 寒くないって聞いたら、ちゃんと暖かくしてきたから寒くないよって言われて。 雨の日に花見なんてつまらないかなって聞いたら、史人くんと一緒ならどこでも楽しいよって言われて。 長い長い、雨の桜並木。 人がまばらどころか、あたりにだれもいなくなる。 俺は右手の傘を左手に持ち替えて。 右腕で彼女の肩を抱き寄せて、驚いて立ち止まった彼女に、一瞬のキスをした。 肩に手を置いたまま彼女を見ていると、彼女はとまどった瞳、右手を口もとに当てる。 驚いてドキドキするからちょっと待ってと、この場にふさわしい対応ができないことにあせってる。 花見で特別な思い出って言うから、考えたんだ。 桜の木の下でファーストキスをしたら、将来思い出したとき、とてもきれいな景色が浮かぶんじゃないかなって。 晴れてたらここ人だかりだから、雨の日選んでごめんねって、そう伝えた。 彼女は口もとから手をはなす。 将来って、ずっとわたしとつきあってくれるのって、聞いてきた。 今はそのつもりだけどって、返事した。 自分で言っといて照れくさい、でも、そう言えることが幸せな気がした。 緊張しながらタイミングはかってたけど、ちゃんとここ桜の木の下だよな、大丈夫だったかなと、周囲を見渡す。 ビニール傘越しに見える桜は満開で。 雨に散らされた桜の花びらと雨粒が、透明なドームにきれいな模様を作っていた。 結構、イメージ通りの風景。 ロマンチストなんだねって、彼女はうれしそうに目を細めて、肩を組んで接近したままの俺に、一瞬のキスをした。 そしてありがとうって言って、目をふせた。 花見に来たのに、今日は全然花見日和じゃなく、桜雨日和。 子どもなつきあいをしていた俺たちにとって、静かで風流なキス日和だった。
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