増えたおでん、捨てられた金

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 硬貨の、カランという音で、我に返った。 「え!?!?」  あわてて指を突っこんで出そうとするが、そもそもレシートを捨てるための箱だ。  指でつまんで引っ張って、出せるわけがない。  あたふたしている私と対照的に、冷静な店員さんが、サッとレシート入れを取り、後ろから2円を出してくれた。 「どうぞ」 と言って、またトレーに乗せる。  クスリとも笑わず、まるで私の珍行動など、存在しなかったかのようなポーカーフェイス。  これが意外に恥ずかしい。  せめて笑ってくれ……いや、無理に笑わなくていいけど……。  どうもだの、すいませんだの、モゴモゴ言いながら、私はその場を後にした。  徹夜続きで疲れた人なんかが、右手のコーヒーをベッドにブン投げて、左手のスマホをそっとテーブルに置いた、なんて話を、聞いたことはあった。  つまり、脳が疲れて、バグを起こしたという話である。  しかし、そんなことがまさか我が身にも起こるとは。  いや、少し状況が違う。  聞いた話では、彼らのそれは、ひどく疲れているゆえのバグだというではないか。  果たしてウォーキング程度で、そこまで疲れるか?  もし、歩き疲れが脳に影響を及ぼしたのだとしたら、これはかなりまずいのではないか。  体力の低下も、いよいよ深刻なところまできてしまっているのかもしれない。  あるいは、ウォーキングなど端から関係なかった、というケースも考えられる。  いや、これが1番まずい。  自分がいくつ商品を取ったかも自覚せず、レシートとお金を間違えて捨ててしまう。  普通に生活していて、これ。  もう、おっちょこちょいやドジという言葉では済まなくなってくる気がする。  時間が経てば経つほど、あの一瞬が夢幻のように思えてくる。  何だか、もう自分でもよくわからない。  私は一体何なのだ。人か? ちゃんと人なのか?  いっそ、このままミステリー小説にでも使えそうな勢いである。  そんなことを考えながら、レンジで温めたおでんを食べる私なのであった。
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