ラザニアとカレーとパンケーキと

6/6
前へ
/153ページ
次へ
 楽しい時間は、あっという間に終わる。 「まあ、また来ればいいね」 「今度はスパゲッティ食べよう」  母にごちそうになり、店を後にした。  車に乗りこむ。  母は必ず後部座席に座る。助手席には服の入った大きな袋と、私のリュックが鎮座している。  ズボンの後ろポケットに入れていたスマホをその上に放り出して、運転席に座った。さすがに、尻の下敷きにするのは気が引ける。  家に近づくにつれて、後ろの母のテンションがどんどん落ちていくのがわかった。完全にセンチメンタルと化している。 「はああ……終わっちゃう……」 「また、誘うから」 「絶対ね。待ってるよ」 「はいはい」  家の少し手前で、母を下ろした。 「――楽しかった?」 「楽しかったよ~」  ちょっと泣きそうな母の声。普通、逆でしょうが。 「弟にリュック渡してあげて」 と私は言った。 「渡しておく。でも、菜名ちゃんからもLINE送っておいてね」 「それはもちろん」  助手席に置いてあった袋と合わせて2つ、戦利品を両手にぶら下げて、母は私を見送ってくれた。 「じゃあね、本当にありがとうね、楽しかったよ」 「うん、また連絡するから」 「じゃあね、気をつけて帰るんだよ」  こういうセリフを聞くと、ああ母親なんだなあと改めて思う。 「バイバイ」 「バイバイ」  私が先に車を出発させた。母が笑顔で見送る。  もう、親と別れることが寂しいなどとは思わないが、ああまで楽しんでくれて、名残惜しそうな顔されたら、何だかこちらまで泣けてきそうだ。  まあ、また会えばいい。  私も楽しかったし、服も買ってもらってしまったし、ご飯も食べさせてくれたし。  たまにはね、こういうのもね。  夏至をすぎたばかりの夕方はまだ明るい。ライトを点けている車は、まだいなかった。  明日からの活力を得たような思いの私は、自宅に帰るべく車を走らせたのだった。 ――ここで終われば丸くきれいに収まったのだが、そうはさせてくれないのが私、熊野菜名である。  まさか、1時間も立たぬ間に、あんな素敵な(?)さよならをした母とまた会うとは。  事態は、思わぬ方向へ急展開することになる。  否、この時点ですでに事件は起こっていたのだが……。
/153ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加