紛失事件

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 公衆電話を使うのなんて、何年ぶりだろう。小学生とか、中学生くらいだろうか。  使い方あってるかしら、なんて余計な緊張感を抱えながら、実家の番号を押す。  大体、番号を押すのだって携帯電話が普及した今では、なかなかない。私の職場の固定電話は、押した番号が表示されるから、間違っても切って押し直せばいい。  自分がかけた番号や連絡先が表示されないことが、ここまで不安とは。  なるほど。昔は間違い電話も、結構あった気がする。  呼び出し音が何度もなる。もう1度、またもう1度……。 「……出ないんかい!」  叫びはどうにか心の中にとどめておいて、私は電話を切った。つり銭口に10円玉の落ちるカチャッという音がむなしかった……。  うちの家族は、基本家の電話に出ない。かかってくるのなんて、勧誘かなにか、どうせろくでもないものだと思って、みんな無視するのだ。  唯一、父だけが固定電話に出るのだが、今回はタイミングが悪かったらしい。おそらく、トイレか風呂にでも行っていたのだろう。  何かあったときのために、両親の連絡先くらいは紙で控えておいた方がいいのかもなあ……と思いながら、トボトボ車に戻った。  仕方ない。1度家に戻ってみよう。 本当はもうさっさと帰って少し寝たい。正直かなり眠い。 しかし、そうも行くまい。  とにかく、明日からまた仕事だというのに、スマホを見つけられないまま帰るわけにはいかない。  車は、ナビ画面から延長を申請することができる。  料金はその分かかってしまうが、これも仕方ない。車を返して電車でまた実家に行く方がよっぽど面倒だ。  そうと決まれば、さっさと出よう。  こうして私は、あるかないかも定かでないスマホのために、わざわざ延長料金をかけて時間もかけて、実家にUターンすることになったのだった。 走り慣れた道を飛ばしながら、一体私は何が悲しくて2往復もしているのかとトホホな気分になってくる。 前から、普通車、トラック、軽、普通車、トホホ(私)、普通車、ミニバンという具合であった。
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