紛失事件

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 実家の近辺には、駐車場や空き地など、車を置いておけるようなところが全くない。びっしり家は立ち並んでいるし、道も狭い。  とりあえず家の真ん前に車を止めて、インターホンを押した。  車が来てしまったら、席に戻っていったんどかせばいい。  我が家(父をのぞく)は、家の電話にも出なければ、インターホンにも出ない。  とんだ外界シャットアウト集団である。  これで出てくれなかったらどうしよう……。  今日は実家に来るつもりなんてなかったから、鍵も持ってきていない。  不法侵入待ったなしか。 「――はい」  あ。  父の声だ。 「あ、ども、……菜名ですう……」  何だか、自信のない漫才師のあいさつのような声が出てしまったが、父には私だとわかったようだ。 「え、菜名ちゃん!? ちょっと待って、」  ガチャッと音がしてほどなく、父が玄関から姿を現した。 「何、どうしたの? え、車?」 「えっと、あのね」  この妙な状況を何と説明するべきか。  母が私と買い物をしてきたのは、父もわかっている。  つまり、そっちに私のスマホがあるかもしれないということだけ、伝わればいい。 「かあちゃんが持って帰ってきた買い物の袋の中に、私のスマホが入ったままになっちゃったかもしれないの」  父は、しかめっ面で私から目線を外して、横を見ながら聞いている。  おそらく、短いセンテンスで状況を素早く理解するのに集中している顔だ。あと、耳が遠いので、声を聞くのにも集中していると思われる。  功を奏したのか、父はひとこと「わかった」と言って、家に引っ込んだ。  残された私はぽつん、と突っ立っていた。  歩行者も車も来なかったのが、幸いだった。  父、再び登場である。 「お母さん今、トイレ入ってるから。車の中入って待ってなよ」 「わかった」 「何それ、借りたの。わざわざここに来るのに借りたの?」 「まさか。元々車で移動してたんだよ。帰る途中で気づいたの」 「あ、そう……とりあえず、車の中入って待ってなよ」  何故2回言ったのだろうか。
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