紛失事件

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 言われた通りに運転席で待っていると、母が出てきた。  くたびれたポロシャツに、裾をクルクルまくり上げたジャージ、完全に部屋着だ。サンダルをつっかけて階段を下りてくる。  何故か、ジャージのウエストを両手で持っている。足は心なしか、がに股であった。  その手に、見慣れたスマートなフォンが見えて、私は安堵した。  よかった、これで安心してビールが飲める。 「いやいやいや」  母はジャージを押さえたまま、ひょこひょこ出てきた。 「やっぱりあったかあ」  私としては、とにかくあったことでもう万事解決である。 「トイレ行ってたのに。急いで出てきたよ」 「どこで気づいたの?」 と母は尋ねた。 「帰る途中で。弟にLINE送ろうとしたら、あれ、ない!?ってなって」 「弟に、LINE来た? って聞いてたんだよ。来てないって言うから、菜名ちゃんまだ送ってないんだなあって思って」 「でしょうねえ。スマホはすぐそこにあったんだからねえ」 「1回、電話したんだよ」 「ああ、あれ菜名ちゃんだったの」  気づいていたのか。 「携帯にかけてくれればいいのに」 「番号覚えてないもん。……えっと、下4ケタ×××△だっけ?」 「残念! ×××○だね」 「危ない、思い切ってかけなくてよかった」 「知らない人にかかっちゃう」 「まずいまずい」  いったん話し始めると毎度止まらない我々であるが、さすがにここで長話をするわけにはいかない。  私は、細い住宅街の路地にでん、と路駐した状態。母は部屋着にサンダルの状態でボケっとした状態。車やご近所さんにでも遭遇したら、大慌てである。  それよりも、私も母も明日に備えて家に戻らなければならない。 「じゃあね」  我々は会話を切り上げた。 「また今から帰るの、気をつけてね」 「へいへい」 「またね」 「また連絡するね」 「はーい、じゃあね」
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