さよならバイバイ、水分、ボタン、そしてドア

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 外はもわん、とした熱気に包まれている。  その気温差に体がやられたのか、私の視界がチカチカし始めた。  まるでフラッシュの残像のようだ。しかも何だがグラグラ揺れている。光が正しく目に入って来ない。  同時に、周囲の音も遠くなる。  重いヘッドホンをかぶせられたように、耳が詰まっている感覚がある。  お腹の痛みも引かない。  まずは、トイレに行かなければ。  少し気を抜くと、その場に倒れこみそうだ。  しかし、倒れている場合ではない。  なぜなら、私が今1番欲しているのはトイレなのだから。  駅の柱や、案内板などに寄りかかりながら、私はトイレを目指して歩いた。  汗はダラダラ、体はふらふら、呼吸はハアハア。  どうにか改札前のトイレにたどり着く。  女子トイレに飛びこんで(当たり前だ)、個室が2つあることを確認する。  視界がチカチカしているので、使用中の赤なのか、空きの青なのか近づいてみないと判別できない。  どちらも、使用中であった。  いや、ダメだ、待てない。  その場を離れて、だれでもトイレに飛びこむ。  車いすを使用している人、介助者を必要としている人、誰でもご利用になれます、というアレだ。  扉の開閉は、全てセンサーのようだ。普段使わないから、よくわからない。  もどかしいくらいゆっくり、ウィーンと扉が閉まる。  外の表示が『使用中』になったことをキチンと確認してから、私は腹痛の対処を行った。  20分後。  痛みは治まった。  そして、私の手の中にはボタンが1つ。  今日履いてきたズボンのウエスト部分のボタン(四つ穴)であった。  あまりに勢いよく脱ごうとしたのか、ボタンを外した瞬間、糸が切れて、ぴょーんと飛んでしまったのである。 「……」  簡易ソーイングセットを持っていてよかった。  これは、あとで縫い付けよう。  汗と過呼吸もやっと治まってきた。  あまり確証はないが、下痢に伴う脱水症状を起こしたような気がする。  実際、まだ体に力が入らない。  顔を拭いたタオルハンカチはキャパシティを超えてびしょびしょになっている。  熱中症……ではなさそうだが、あの駅までの暑さに、多かれ少なかれ体がダメージを受けたのは間違いなさそうだ。
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