第十二章 それぞれの想い 

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キャロル キャロルは静かに湖畔に佇んでいた。 …一人っきりになるのって、本当に久しぶりだわ。 湖畔に移った自分の顔を眺めて、キャロルは思った。物心ついた時には一人だった、自分。難民キャンプで泣いていたところを修道院のシスターに助けられて、洗礼を受けて静かに祈りを捧げ、慈善事業にいそしみ、神に仕えてきた。 それは自然に受け入れられて、ステラの母親に出会い、使命を幼いながら気づき、疑問も持たずに今に至る。彼女は博愛主義の精神の下、生きてきたのだ。そのせいか特別な誰かを愛するとか、男女の情愛に近いそういう気持ちは芽生えたことが一切無い。常に仲間たちに対しても彼女は平等な愛を与えていた。ヴィーニーはそれを見込んで、妖精の国へと彼女を薦めたのだった。  丁度太陽が湖畔の中心に映ったころ…つまり正午になった瞬間、水面が揺れる。 そして眩しく陽光を反射したと思うと、湖に橋が架けられていた。キャロルは何もかも心得たように、橋を渡った。靄のようなピンク色の視界の先はまだ何も見えない。 ―これが、結界なのかしら?  明らかに未知の領域…自分たちの住んでいる世界と全く違う場所に進んでいるのは判る。ピンク色の靄はキャロルをスムースに受け入れ、そして着いた先は、深い森だった。木々は人間の住む世界のそれと似て非なるもの。見たことのない茎葉の形に少しだけ 違和感を覚えながらも、自分の感覚に馴染ませるかのように彼女はそれにそっと触れた。 瞬間、風が凪ぎ、いつの間にか何者かに彼女は囲まれた。  人間…いや違う。耳朶の感じ、澄んだ瞳、そして背に生える虹色の翅。 「あんたは、人間か?」 翠緑の髪の一人がキャロルに問う。 「ボギー、やめなさいよ。長老様に叱られるわよッ…っていうか、彼女私達のこと見えるのかしら?」 同じ髪の色の少女が心配そうに窘める。顔立ちは少年に似ているので兄妹だろうか? 「長老様はかなり強力な結界を張ったんだぜ?レーシィ。それなのにここまで来られるってことは彼女かなり特殊な人間だ。見えるに決まっているだろう?」 妖精の少年――ボギーと呼ばれた彼は、悪戯っぽく笑いキャロルを見つめて、キャロルは穏やかな眼差しでそんな彼らを見つめ返し、一呼吸を置いて答えた。 「ええ。ちゃんと見えるわ。言われた通り私は人間よ?名前はキャロル。」 「やっぱりそうか…。でも人間がどうしてここに?その前に何故結界を超えてここまで来られたかが、気になるけど…まぁ置いといて。」 「ねぇ、ボギー、なんならエメラインのところに行ってみない?」 「エメラインかぁ。そうだなぁ。」 ポギーは妖精の少女の方を向くと頷いた。 「キャロル、この世界には君たち人間に近しい存在がいるんだ。あ、そうそう僕らは森の妖精ボギー…」 「レーシィよ。」 二人の妖精は優雅に自己紹介をするとキャロルを誘った。 「さぁ、キャロル、こちらに来て…」 彼らは虹色の翅を羽ばたかせると、キャロルの掌くらいの小ささに姿を変えて飛んで行った。キャロルは頷くと、二人の後を追ったのだ。 リーディ 洞窟は幾度入っても慣れない。 城を出てから3年。北のムヘーレスで滞在していた山奥の仮屋は、洞窟を改造して作られたもので、慣れたつもりだったけどダメだった。淀んだ空気、光から閉ざされた空間、不安定な岩場。すべてが俺を憂鬱にさせる。  コウはいつも以上に大荷物だ。大きな背嚢を背負っている。 「この洞窟はかなり攻略が難しいと聞いている。死人が出たくらいだからね…。」 薄暗い窟内に入るや否やその背嚢から洞窟必須アイテム・松明を用意する。  俺が慣れた手つきで着火すると、かなり深い洞窟だとわかる。奥行きが半端ない。 「…手強そうだな、いろんな意味で。」 「そうだね。あたしならいつもワクワクするんだけど、そんな気が起きないわー。」 メイもやれやれといった風に首を竦(すく)めた。そんな洞窟を、この3人で攻略…か。 攻めの要のメイを俺はフォローする側に回らないと。何がイタイって、攻撃力が強くそこそこ回復呪文が使えるステラと、護りの要のキャロルが両方いないってことだ。  どちらかが居れば俺は攻撃側に回れるのだが、回復呪文が使える3人のうち2人がいないというのは相当キツイ。あと一応俺は、呪文は攻撃も回復も両方とも使えるが、どっちかっていえば魔導師寄りだ。俺にとって適性が弱い回復呪文はかなり身体に堪えるのだ。 それにメイはともかくコウは、攻撃力はあるが彼の役目は調整役。呪文も洞窟攻略に便利な物や攻撃補助系のみだ。それを気にしていたのか俺の従者たちの手助けを受けてもいいのではないかとあいつは主張したが俺は拒んだ。なぜなら4年前の襲撃時に俺を狙ってきた魔性の巻き添えになったのは彼らの肉親だから、これ以上巻き込みたくなかったのだ。 ―それにしても…ここの魔物の凶暴なこと。 俺はブロードソードを軽く薙ぎ払って魔物の体液を落とし、懐紙で拭いた。 先ほど10匹のキラーバッドと格闘した。俺の火炎呪文で一掃し、残りはメイと共に物理攻撃で倒したけれど、そうそう呪文には頼れない。できる限り気力は温存しておいた方が良いからである。 「この調子じゃ先が思いやられるわね。」  「…仕方ねーか。とりあえず進むしか。」 メイの余裕があまり無い感じがした。 コウが作った滋養強壮の薬湯を覚ましたものを飲む。疲れにくくして尚且つ体力も回復させるという代物だ。 「苦いけど効くと思う。」 コウも飲みながら渋い顔をする。 苦さを我慢して俺たちは急ぎ足で先へ急いだ。           そうして一刻弱歩いて。 次々に襲いかかる魔物を迎え撃ち、どうにか辿り着いた先は深い深い峡谷だった。 この谷間を飛び越えて、向こうへ行くのに勿論橋なども架かっておらず。立ち往生する羽目となる。 「…おそらくここで父さんは滑落したと思われる…。」 コウが目を閉じて俯く。 メイも何も言わず俯いて祈った。俺も呆然とその峡谷を見つめ、目を瞑り祈った。 深い谷間。もちろんその下は真っ暗で何も見えない。 「…でも、ここを超えていかないと僕たちはエターナル・メタルの鉱山にたどり着かないんだよ。」 コウは祈り終えるとそう言って、背嚢を降ろして太いロープで造った命綱を出す。 そしてそれをボウガンに取り付け、崖っぷちギリギリの地点に這うように近づき、 向こうの崖に狙いを定めて、ロープの先に付いた鏃(やじり)を放った。 ひゅん!!! それはものすごい速さで鏃は飛んでゆき、見事に向こう崖に突き刺さる。コウはこちらに幾重にも巻いてあるロープのケツ部分を伸ばして引っ張って、きちんと向こう岸に鏃が食い込まれているか確認する。 「うん。大丈夫そうだ。リーディ、こっち側の先を目ぼしい岩に括り付けたいんだけど手伝って。」  俺は頷いて近くに丈夫で、ロープを括りつけられそうな岩を探した。幸いちょうどいい岩を見つけてコウと二人でしっかり岩に幾重に括りつけて、命綱がピンと峡谷間を張って橋渡しできる状態にする。  確認を終えるとコウは滑車のついたロープを命綱に取り付けてそのロープをメイの身体にしっかりと巻き付けた。 「これで姉さん、悪いけど先に向こうの崖に降りてくれない?」 「あいよ、コウ。」 おそらく一番軽くて反射神経の良いメイに先に行かせた方がいいと判断したのだろう。 メイは二つ返事で承諾した。そして数秒のち勢いをつけて滑るように向こうの崖に向かって渡っていく ロープはしっかり固定されているので少々の負荷で撓むが、メイを括り付けた命綱の滑車は スムースに動いた。 「大丈夫そうよ――」 メイの声が遠くで聞こえる。彼女は無事に向こうの崖にたどり着いた模様。 続いてコウも、命綱を巻き付けて渡ってゆく。コウも無事向こうに着いたことを確認すると、 いよいよ俺が渡る番である。結び目が解けないよう確認しながら、慎重に自分の身体に巻き付ける。 そして滑車とロープの結合部のすぐ下の部分を両手で持ち、ぶら下がれる体勢のまま助走をつけて、地面を蹴って滑り降りた。身体に括り付けた縄についている滑車のおかげで高速で峡谷の間を滑り渡る。 シャッーーーー!! 滑車の音が峡谷内に響く。 かなり勢いついているのであっという間に向こうに着きそうだ。しかしちらと下を見ると真っ暗な底無し谷のよう。怯みそうになるのを堪えて俺は即座に目線を向こうへやった。 そして予想通り無事に自分も向こう岸にたどり着き、思わずふうっと安堵のため息を漏らした。 そして更に足を速める。 ―次々と現れる魔物たちは、どんどん強くなっていき、俺たちを翻弄する…  まともに相手しているとこっちが全滅しそうになる、何度ヒヤッとした瞬間があったか。うまく逃げられるときは逃げるようにして進むことに専念した。          …どのくらい時間が経ったのか、コウが懐中時計を懐から出してこう言った。 「一度休憩しようか。」 「つーかこの洞窟、ホントヤバいんだけど…」 メイもかなり疲労困憊している。声でわかった。なんせ、予想以上に深いんだ…この洞窟。コウが疲労からため息を漏らした。  時間的に言うともう一日中探索した計算になるらしい。俺は先が思いやられそうになりながらも、黙って休息用に結界を張り、野営の準備をした。兵糧が持てばいいのだが。意地を張らずに、城の誰かに同行してもらうべきだったか?しかしこの状態じゃ、同行させたとしても、あまり現状は変わらなかったかもしれない…。
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