第十二章 それぞれの想い 

5/6
前へ
/6ページ
次へ
メイ(続) とりあえず、結界を解いて先へ急いだ。 途中ウザいくらい魔物がやって来たけど、上手に体力を温存して切り抜ける。 逃げられるときは躊躇せず逃げた。逃げる時はコツがあって、逃げ足の速いあたしが 囮になっている隙に、あとの二人が逃げて、最後にあたしもあとについて逃げるのさ。 岩場を突っ切り、とにかく前進あるのみだった。 そうやって、どのくらいあたし達はそういう風に、走り抜けていったのだろうか? …そしてついに最深部にまでたどり着いた。 行き止まりと思った先にがらんどうな空間があり、小さな祠が祀られ壁がきらきら光っている。 「これは…」 「そうだよ!エターナル・メタルの鉱脈だ…」 コウが歓喜のあまり、へなへなと跪く。 今まで気を張っていたので、脚の力が抜けたようだ。 鉱脈は不思議な耀きを帯びている。ペンダントと同じ金属だ。 「ああようやく…やっと…やっと…父さんの本懐を遂げるのに一歩近づけた…。」 コウ、あんたはいつも穏やかで、リーちゃんとは違った意味で情熱とかを露わに見せなかったけど、本当にこれだけは成し遂げたいという気持ちだけはあたしはいつも感じていたよ…。 そう思って私は穏やかに笑みを浮かべてコウを見守った。本当に本当に、父さんが亡くなってから強く願っていたんだよ。この子は。 「ここにも祠がある、じぃの言ってったことは本当だったんだな。おそらくペンダントの五大元素の神金の神インバーが祀られているはずだが…」 リーちゃんは淡々と呟いて、小さな祠に近づくと軽く手を翳す。 「…ヤバいな…。」 彼は一言そう言って、眉を顰めた。 「何?」 「…神聖な気が抑えられている…。」 「え?」 要は神様が、何者かに…? そう思った刹那だ。 どぉんと地響きが…した。 キャロル キャロルと妖精二人は先へ先へ森を進んだ。 どのくらい歩いただろうか? 「あんたって、人間だけど不思議な人だな。」 ボギーが翅音をさせながらキャロルの右の耳元で囁く。 「あら、どうして?」 「僕たちの世界を普通に受け入れているんだもの」 キャロルはそれに対して、にこやかに答えた。 「魔法を使う人は…信じているわ。あなたたちの存在をね?」  「でも、ここに来た人間はほんの僅かしかいないんだ。」  「そうよ、これから会わせる人は、あなたのような人間と似て非なる人なの。」 左の耳元で付け加えるようにレーシィはそう言うと、くるりとターンをする。 いつの間にか森を抜けると、小さな山小屋が見えてきた。  桧葉のような木で建てられているその小屋は、質素ながらも可愛らしい外観である。 妖精二人は、キャロルと同じ大きさに戻ると扉の前でこう叫んだ。 「エメライン―。ボギーだ!」 暫くすると扉が開き、黒髪のウェーブの利いた髪型の女が姿を現した。ボギーやレーシィのような翅は生えていない。しかし彼女の耳朶は妖精のそれだった。 薄緑の瞳は優しげな眼差しを帯びて、キャロルを見つめる。 「あら…ボギーなんなの騒々しい。珍しいお客様?」 「エメライン、彼女はキャロルって言って、見ればわかるように人間の女性なんだ。」 「そのようね…初めましてキャロル。私はエメラインと申します。」 エメラインは優雅に会釈する。 「キャロルです…。」 キャロルもお辞儀をしながらふと思った。何故この女性は、翅がないのだろう? 明らかに気配は人間ではないのに…と。 それを察したかのようにエメラインはキャロルと目が合うと、花びらのような唇を開いた。 「キャロル、私は妖精でもなく人間でもない…その両方の血を引く、ベネフィック・ミックスなの…。」 流石にその言葉を聞いて、キャロルの表情が少し動いた。 「ベネフィック…?」  魔族と人間の混血をマレフィックというのであれば、ベネフィックは対なるもの。つまり、彼女の言うとおり、人間と妖精の混血であるということだ。 「私は母が妖精で父が人間です。この世界で生きてもう50年になるわ。」 「え?」 どう見ても年頃の若い娘にしか思えない容貌なので、キャロルも驚きの表情を隠せなかった。 「ふふ。驚くのは仕方ないわね。ベネフィックは長命なのよ…。」             どうぞ、と家の中に招き入れられて、キャロルは椅子に腰かける。その横にボギーとレーシィも座った。キッチンからポットとカップを4つテーブルに置き、お茶を注いでキャロルたちに勧めると、エメラインはおもむろに口を開いた。 「この結界をすんなり抜けて入ってきたあなたは特別な人だから、もちろん長老様に会わせるのだけど、その前に人間により近い私にこの子たちは会わせたかったのでしょう。」 その言葉にキャロルの両隣の森の妖精は同時に頷く。 「だってさーすっごく久しぶりなんだよ?」 レーシィがキャロルの肩に寄りそい上目づかいで見あげ、 「そうそう、人間でこんな清らかな人なんてさ」 ボギーは腕組みをして背もたれに寄りかかってちらりと横目で見る。その様子をエメラインは微笑ましく見守ると、再び切り出した。 「キャロル、あなたはどうしてこちらの世界にいらしたのかしら?」 キャロルはまた普段の穏やかな態度に戻ると答えた。 「シルサの村に住む、ヴィーニー老師に妖精の世界にしかない滋養薬を貰ってきてほしいと頼まれたのです…」 そしていきさつを話し始めた。使命を果たすために仲間を探している最中で、勇者の力を目覚めさせるために稀代の大魔導師に彼女を預ける交換条件として滋養薬を取ってきてほしいと頼まれたことを。 一通りエメラインは話をきくと、心得たように言う。 「勇者の伝説・予言は知っています。勇者は特別な力を持った女性だと。ただの人間ではなく、異種族の血を引くものだと…」 「……。」 キャロルは固唾を飲んで、彼女の結論を待った。すると、目を伏せて何やら考えていたエメラインの瞼がゆっくりと開いた。 「わかりました、そういう大切な理由であれば喜んで妖精秘伝の滋養薬を分けていただけると思います。」 そう一言告げ、お茶を啜り頷くと彼女はニコリと微笑んだ。 ステラ 私は輝きの無くなったマキガイを見つめ、ほっと溜息をついた。とりあえずリーディもみんなも無事でいたことに安心したのだ。 久しぶりに聞いたアイツの声。平気だと一点張りだけど、疲れているんだなってすぐわかった。伊達に半年弱一緒にいたわけじゃないもの。きっと私にそれを悟られない様に、 用件の答えをぶっきらぼうに言ったのかも。メイよりかは疲れを出さずにいたけどね。 (メイはつい本音が出やすいから、わかりやすい。) そうだね、だってまだ攻略できてない洞窟だし。 いつもより2人、しかも回復が使える私やキャロルがいないから、キツいのだって想像できる。 ‥・どうか、エターナル・メタルを手に入れて、無事に帰還できますように…。 そう願いながら私は眠りに落ちた。 だいじょうぶ、きっと皆なら本懐を遂げて戻ってくるって、私信じているから。                                  そして朝になり、私は装備を整えて背にはマジックスピアを装着しながら、昨日のリーディとの話を思い出す。 「城の1階の渡り廊下の東側の塔に研究所がある。そこの書庫に本があるはず…」 ―とりあえず、場所はわかったから城に行けばどうにかなるか。 私は一人頷いた。 外に出ると、ヴィーニー老師と、プリオールが待っていてくれた。 「よいかステラ?城で一番印象に残っている場所をイメージするのがこの移動呪文のコツじゃ。」 「はい、やってみますね?」 「ステラ、気をつけて…。」 プリオールが心配そうな面持ちで言う。昨日城に行くことになったと告げた途端、彼は心配しているのだ。彼は気が付いていた、 城内に私によい印象を持ってない人がいることを。 その気持ちを有難く汲み、私はプリオールに笑いかけた。 「大丈夫よ。すぐに戻るから」 そして、老師に再び向き合い、お辞儀して言った。 「それでは、行ってきますね!」 私は瞳を閉じて、イメージをする。 一番印象深かった場所…着地がうまくいきそうな場所… そう、リーディとラナンキュラスを取りに行くときに飛び立った中庭だ。 あの時、今から唱える同じ呪文を発動した彼の姿を思い浮かべる。どんな感じだった? 記憶の糸を手繰り寄せて、あの時の感覚を思い出し…呪文を詠唱した。 すると、私の身体は光を帯びて、一瞬のうちに時空の狭間をすり抜けて行った…。 シュゥゥゥゥゥ…ン… ドスン!! 「痛ったぁ…」 私は気が付くと芝生の地面に不時着してた。 まだうまくコントロールが利かずに、尻餅をついてしまった…けど。 ―スフィーニ城の中庭だ!! そう。無事に着いたんだ。 「とりあえず。成功だね」 私は少し口角を上げて微笑むと、早速昨日言われた通り東の塔へ向かおうとした。が、 塔は離れたところに見えるのだが、城の中は入り組んでいてなかなかたどり着かない。 この城の造りは、私は苦手だった。 …困ったな。中庭からの行き方も訊いたはずなんだけどな…。途方に暮れて、立ち止まっていた時、ぽんと誰かに肩を叩かれた。 「どうしたんだい?麗しの勇者殿?」 振り向くと、栗色の髪の精悍な顔立ちの魔導師…そう、ゾリアさんが微笑んでいた。 レオノラ   魔法研究所では様々な古典魔法の研究や、魔導師の育成などをする国の重要な機関である。公認魔導師であるセシリオ、ゾリア、レオノラは常駐していて様々な国務などに関わっていた。 ステラの母オーキッドの元従者で、現在はフィレーンの従者であるゴードン老師も、 リストンパークに派遣される前はここで国務に携わっていたのである。 …リーディ、仲間の方と旅立ったと聞いていたけど、まだ戻ってこないなんて。 セシリオから話は耳に入っていたレオノラも、想い人のことを心配していた。しかし同時に彼を取り巻く仲間の動向ももちろん把握しており、唯一ホッとしたことは王子の洞窟探索に王子が愛しているらしい、例の彼女が同行していないことだった。 ―それに、直感でそうだって思っていただけで、実際リーディが好きな女性は彼女のことではないかもしれないし・・・。 ここは研究所内の書庫。 レオノラは書棚を整理しながら、思い出す。 ステラの流れるような銀の髪に降り注ぐ、王子の視線。 ―でも、あんな愛おしそうな瞳…いままで誰にも見せてなかったわ…。 その時だった、 丁度書棚に隠れて姿が死角に入ってしまったレオノラに気が付かず、 研究所に在籍してる見習い魔導師の誰かと小間使いの少女が書庫に入ってきたのだ。 「ここならちょっとおしゃべりできるわね、サンディ」 赤毛の小間使いの娘が声を弾ませて言う。 「ねぇねぇ、どうしたのよ?」 この声は見習いの…サンディだ。魔法の才能は可もなく不可もなく。でも要領がよく、 レオノラの目を盗んでおしゃべりするので彼女は少し手を焼いていた。 ―注意しないと… そう思った矢先だ。 「リーディ王子、素敵になられたわよねー」 と小間使いの娘がうっとりとした口調で言い出したのだ。 「ほんとほんと、3年前まではあどけなくてきれいな男の子って感じだったのに、 すっかり大人びて亡くなった王配様のように背も高くって、美しさはそのままに男らしくもなったしね。以前はゾリア様がスフィーニ一番の美男子で色男って、見習いの中では言われていたけど、やっぱり王子様よ!」 サンディも、ものすごい速さで喋ってはしゃいで、同調する。 「で、その王子様がね、私見ちゃったんだー」 「何をよ?ジュリア」 レオノラもつい注意をすることを忘れて、聞き耳を立ててしまう。 「一週間くらい前だよね、王子様が一緒に旅をしている仲間の方を連れて3年ぶりに戻ってきた日だったかな?夕方中庭の中廊下を女官長と通り過ぎようとした時に、何かが光って人影が見えたんだ。遠目だからはっきりは見えなかったけど、あの背丈から確実王子様よ。で、誰かと一緒にいると思ったら なんと、同行していたお仲間の一人だったのよ。」 「え?誰?4人位いらして、皆素敵な方ばかりってきいたけど。」 「ふふふ、なんとそれは、銀の髪のすらりとした勇者様だって。」 ―!! 「あの…城を昔襲った魔性に少し雰囲気が似てるって噂の?あとリストンパークの亡くなられた王女オーキッド様にも似てるっていう…。」 レオノラは手に持っている本を落としそうになった。 ―やっぱり…そうなの? 「そうよ。サンディ。びっくりした?」 「ええ。まぁ、でもお似合いっていえばお似合いよね。」 「けどねぇ、あんたのいうようにオーキッド王女にも似ているらしいし、(彼女らは若いので実際は見たことないが聞いたところによると)確かにリストンパークのゆかりの方だって女官長も言ってたけど、あの容姿、一体何者かっていうことで複雑な顔をしていたわよ。」 「たしかにね。ちょっと怖いくらいだもの。綺麗だけどさ。」 サンディはうんうんと納得して頷く。 「で、それだけじゃないのよ!話戻すと、王子様その方にキスしようとしてたのよーー! 私たちが近寄ってきたことに気が付いて隠れちゃったけど。」 ―キス…!? レオノラの懸念は、事実になった瞬間だった。 「えええ!」 「女っ気ない王子様だったのにやっぱり年頃だし、3年の間になんかあってもおかしくないもんね。あんなに素敵になっちゃったら特にさー。」 「あらージュリア知らないの?王子様は小柄な美少年時代にも噂だけど、女性の陰はあったのよ?」  今度はサンディが得意げに情報を打ち明ける番だ。 「へー…何それぇ。誰よ?」 「私の大先輩であり、公認魔導師であるレオノラ様よ。王族とお付き合いするにも家柄も才能も素晴らしいし申し分ないけど、実際お二人の仲はどうかはわからない。噂よ、噂。」 「わー。いろいろあるのね、そっちも。でも王子様、その噂が全部本当だったらレオノラ様をフッたってことかしら?…あらいけない。いつまでも油売ってたら女官長に怒られちゃうわ。」 「私も!レオノラ様にまた叱られちゃう。」 パタパタと二人は足音を立てて出て行った。 二人の足音が響かなくなってから、レオノラはおずおずと本を書棚に戻して、 拳を握りしめる。 ―やはり…そうだったの…。 銀髪の勇者。 大臣が言うように、どこの馬の骨の子がわからない彼女…。リストンパークの王女は魔族と交わったというの? だから、あの国も壊滅させられた? …そして我が国も、女王様、王配様、私の両親も…! 大臣は後で言っていた。きっと勇者はマレフィック・ミックスだと。 そう、彼女は魔性と人間との間に生まれた禁忌の子だ…。 なのに、どうして? どうして、リーディは彼女を好きになったの?どうしてよりによってあの子なの? 憎い敵の血を引く者なのよ?たとえ尊い勇者だとしても…! 私に口づけたよりも、彼はもっと深い口づけを彼女と交わしたのだろうか…。 …嫉妬で気が狂いそう― レオノラはその場に蹲った。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加