ルーシーとデート。【2】

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ルーシーとデート。【2】

【グエン視点】   「お早うございますシャインベック夫人」   「グエン・ロイズ様、わざわざのお出迎えをありがとうございます」    少し早めに訪問してしまったのだが、相変わらずいつ見ても美しいシャインベック夫人は、にこやかに僕を客間に案内してくれた。    まあわざわざと言う程の距離でもない。  何せお隣なのだ。    いそいそと弾んだ様子でコーヒーを自ら運んできたシャインベック夫人は、   「ルーシーは今仕度中ですの。もう少々お待ち願えますでしょうか?──それで少々お話が……」    と小声で話しかけてきた。   「はい、何でしょうか?」    シャインベック夫人は少しモジモジと言いづらそうな感じで足元を見ていたが、顔を上げてしっかりと僕を見つめた。   「あの、……ロイズ様は、そのー……」   「グエンで結構です」    伯爵と子爵なので爵位で言えばこちらが上なのだが、独立したし、元からあまり爵位に重きを置いてない。    それに職場の上司の妻に『様』付けされるととてもすわりが悪いと言うか申し訳ない。  第一、シャインベック夫人も元は伯爵令嬢である。   「……それではグエンさんでよろしいでしょうか?  いえ待って、これもダークに叱られるかしら……もうオールはちょっと勘弁して欲しいんだけど……でも話しづらいし、ルーシーの恋人だもの、大丈夫よね……」    何だか後半ブツブツと呟いてよく聞こえなかったが、   「はい、よろしくお願いします」    と頭を下げた。    手を付けないのも失礼かとコーヒーを飲む。  流石にコーヒー好きで知られるシャインベック指揮官の御宅である。芳醇な香りもコクも申し分ない。   「グエンさん、それで、あの、どうなんでしょう?」   「……?どうなんでしょう、とは」    夫人が何を言いたいのか良く分からない。   「ルーシーは、使用人ではあるんですが、私の幼馴染みであり親友でもありますの」   「ああ、仲良さそうですもんね」    いや本当にこのコーヒー美味いなぁ、と再度口に含みかけたところで、   「あの子、男性とお付き合いするのが初めてな上に、その、若干変わった好みがあって、普通の女性らしい感覚が足りないと言うか絶滅しかかっている感じでして。  恐らくキスだの恋人繋ぎだの食事の食べさせ合いなど、自分に似合う訳がないと思い込んでますのよ。  恐らく、全くそんな展開になりませんでしょう?」    と言う夫人の言葉に思いっきりむせた。   「ゴホ、ゴホッ……いや、あのっ……」   「あ、すみません。グエンさんを責めている訳ではないんです。ただ、下手するとこのまま1年も2年もそんなお付き合いになってしまって、恋人というよりただの友人になるのではないかと不安がよぎるのです」   「……ぼ、僕も些かそんな事を思わないでも、ないと言うか……ですね……ただ自分も女性の扱いに慣れてないもので。申し訳なく……」   「グエンさん、率直に申し上げますが、ルーシーの事は、本気の本気という事でよろしいですか?」   「はい!本気の本気、大本気です!ルーシーさえ良ければ明日にでも嫁に来て欲しい位でっ」    僕は身を乗り出さん勢いで告げた。   「……あの子もね、グエンさんの事をかなり好きなんだと思いますの。だてに20年以上側にいる訳ではないのに誤魔化せると思ってる所がポンコツなのよ。  ルーシーは仕事は有能だし、他者への思いやりもあるし感情を読むのは得意だし、料理以外はほぼ完璧なのだけど、とにかく自分に対してそれが全く働かないの。  30を越えた美人でもない表情筋がない女に男性が惹かれる筈がない、と頑なに思ってるのよ」   「そんなっ!ルーシーは可愛いし、無表情に見えて結構感情が目に出やすいし、スタイルも抜群で運動神経もいい。どこに惹かれない要素があるんですか?」   「あら、ルーシーの表情の見極めが出来てきたのね?そうよそうなのよ!  あの子自分では気づかれてないと思ってるんだろうけど、夕食にチキンが出ると目が露骨に嬉しそうな顔してるし、掃除してて絨毯につまづいたりすると、何でもない風を装ってるけど物凄く恥ずかしいって顔してるの。表に出にくいけどかなり感情豊かなのよ。……まあ主に私を叱る時とかが一番生き生きしてるけれど」    だからね、と夫人は僕の腕を取った。   「ルーシーには幸せになって欲しいの!それにはグエンさん!貴方が押してくれないとダメなのよ。押してダメなら更にグイグイ押してくれないと!」   「グイグイ押す、んですか?でも、嫌われたら……」   「あのね、嫌われてるなら、とっくに理由つけてさっさと別れてるのよ。貴方あの子の有能さ知らないわね?  ルーシーがコレと決めて出来ない事は……料理位しかないのよ」    はー本当に料理はダメなんだなあと聞きながら、聞き流せない言葉に覚醒する。   「──あの、本当にルーシーは、僕とイヤイヤ付き合ってくれている訳じゃないんでしょうか?」    惚れたキッカケがキッカケである。    その上僕に伯爵位がある事で、断るに断れない状況に追い詰めているのではないかとずっと気になっていた。   「ルーシーはね、かなり照れ性なのよ。  誉められるのも照れる位だし、恋愛関係なんてもっとよ。自分からはまずアクション起こさないわ」    人の恋の橋渡しは得意なのに全く何やってんだかねえ、とどんどん口調が貴族らしからぬ口調になっている夫人は、本当にルーシーの事が好きなんだと思わせてくれて、気取った話し方をしてる時よりよほど親しみやすく好感が持てた。   「それで、昨日私のゴリ押しで可愛い服を選んで買って来たの。胸のサポーターも絶対着けるなって言ってあるから、楽しみにしてて下さいね。  せっかくだから揉めるようなシチュエーションに持っていくか、ディープなキスをよろしくお願いします」    せっかくだからの意味が分からない。    え?揉めるようなシチュエーションてどんなシチュエーションなんだ?はっきり教えてくれないと困る!    内心の動揺を押さえているとノックの音がして、   「大変お待たせ致しました」    とルーシーが入ってきた。    最近はメイド服か鍛練しやすいシンプルなパンツ姿ばかりだったルーシーが、薄いモスグリーンのチェックのワンピースに白いレースのカーディガンを羽織っている。    膝下から伸びた形のいい足。細い足首からかかとの低いパンプスに至るまで、全てが僕の心を締め付けるほど愛らしい。    何でこんな可愛いんだ。  土下座してでも僕の妻になってもらおう。    僕が感動を噛み締めて言葉も出せなかったのを気にしたのか、   「申し訳ございません。年甲斐もなくこんな格好を致しまして。すぐ着替えて参ります」    とルーシーが出ていこうとするので慌てて止めた。   「ごめん。あんまりにも可愛いから言葉を失ってた。お願いだからそのままで」   「……宜しいのであれば」   「ルーシー、行ってらっしゃい。ゆっくりしてきてね。家の事は気にしないで。休みなんだからパーっと楽しんできて」   「洋服を選ぶだけですのでパーっとも何もございませんが、それでは少し外出して参ります。  リーシャ様は例の方の続きを」   「……うー、分かってるわよ」    一緒に頭を下げてルーシーと屋敷を出て、ウチの馬車に乗り込んだ僕は、冷静さを装いながらも目を素晴らしい盛り上がりを見せている胸の方にだけはいかないようにするのに必死であった。  股間がえらいことになってしまう。    天気が良くて良かっただの、どういう服装が好みなのかだの何でもない話を交わしながら、シャインベック夫人に『揉んでもいいシチュエーション』と言うのを深く掘り下げて聞き出せてなかったことに、心底後悔していた。      
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