反省とは後からするものだ。

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反省とは後からするものだ。

 ダーク様の石化状態はもう慣れたモノである。  私は、少し飲みやすい温度になった紅茶を飲みながら、石化が解けるのをのんびり待つ。  この人は、自分が醜いと悩み、また第三者からもずっとそう指摘され続けてきた事でずっと心を傷つけられ、傷つく事に怯えてきた。  ずーっと、人からの好意を素直に受け入れにくい環境で生きて来たのだ。  こんなに中身も外見も奇跡のように綺麗なのに。  身動きもしない顔を見つめながら、涙が出そうになる。  本当は、私のような煩悩のおもむくままにエロまっしぐらな小説をダラダラ書きなぐっているような汚れまくった女が好きになっていい人ではない。いい訳がない。  この世界では不細工という括りになっただけで、不当に扱われ、悪意を持たれ、蔑まれ、疎まれ、嫌な思いも数限りなく味わっただろうに、それでも人を気遣い、労る事を忘れない人なのだ。  こんな汚れなき魂に、私のような腐女子がまとわりつくなど、本来ならば、捕縛され市中引き回しの上で打ち首獄門案件である。  だが、彼を敬い、疲弊した魂を癒し、愛そうとする女が現時点で現れていないのである。  神はなぜこんな理不尽を許すのか。  それならば、分不相応と思われても、死後地獄に堕ちてもいい。  この奇跡の人に、私の残りの人生を捧げて慈しみ、魂を守り、これでもかと甘やかし、溺愛して死ぬまで離さない、という選択肢を迷いなく選び取ろうではないか。  何十回、何百回、いや何億回だろうと愛を囁き、不安を払拭し続け、抱き締めよう。  貴方が産まれてきて、私と出会ってくれてありがとうと心からの感謝を伝えよう。  ………でも、と思う。  好きでもない人から言われても、困るよねぇ。  好いて好かれてから初めて、甘やかすだの愛を囁くだのが意味を持つのだ。  あー、私にそんな逆転満塁ホームランが打てるのかしらね。  いや、打たないと。  ぼんやりそんな事を考えていたら、ようやくダーク様の石化が解けたようで、 「………あの、済まないが………トイレに」  と、席を立ちよろよろと歩いて行った。  いやー、いきなり休みの空いてる予定を全部くれとか言われても困るだろう。私だったら困る。  せめて三回とか五回とか、回数を決めて会って欲しいと言う方がまだ受け入れやすかっただろうか。  小説では色々とすぐに思い付くのに、なんで現実では頭が回らないのかしら。  まあ前途多難かも知れないが、次のデートの約束を土下座してでも取りつけてからでないと帰らないと決めている。  ぎゅうっ、と顔を伏せたまま、太股の上に置いた手に力がこもる。 「あの、お嬢さん………」  顔を上げると、さっきの若いボーイさんである。 「?はい、何でしょうか」 「………なんか、脅されてたりしませんか?さっきの男性に頭ばかり下げてたので、ずっと気になってて………」 「………は?」  いや、私が謝罪してただけなのだけど。  あー、ガタイのいいダーク様は威圧感があるんだろうか。  誤解だと否定しようとすると、思い詰めた顔をしたボーイが被せるように言葉を重ねてきた。 「いやほら、お嬢さんすごく綺麗だし、あの人強面だし。なんか弱み握られて無理やり迫られてるとか。たまにあるんですよそういうの!だから奴が席を立った時に今だ!と思って。  なんなら俺すぐ街の警護団の詰め所までひとっ走り行ってきますから!」  勝手に話を進め出すボーイに唖然としながらも、ダーク様の名誉のためにもしっかり否定しなければ!とカッとなり思わず立ち上がる。 「かっ、勘違いしないで下さい!無理やり迫ってるのは私の方であって、あの方ではありません!!失礼な事を仰らないで下さい!」  店内で大声が出てしまい、周囲のお客さんのざわめきが静寂に包まれた。  ぽかーんとした顔そして顔。 (あああ、大声を出すなどまたしても淑女としてあるまじき行為を………良かったわダーク様がいない時で………)  恥ずかしさに顔が熱くなりながらも、席に着こうとして、ふとお客さんの視線が、私ではなく更に後ろの方に向けていると気づき、背中に冷たいものが流れた。  寝違えた首の調子を確かめるようなゆっくりとした動作で振り返ると、そこには顔を真っ赤にしたダーク様が、茫然とした顔でまた石化していた。  ◇   ◇   ◇ 「………リーシャお嬢様?………」  自宅でソワソワと報告を待っていたルーシーに、伏せ目がちに本日のデートの様子を話したら、満面の笑みで正座させられた。  絶賛説教なうである。 「お嬢様がハンターだと大勢の客がいる店で大声で叫んだ上に、それをダーク様に聞かれた、と?」 「……まあハンターって言うか………はい………」 「更には客席の男性から『便せんの乙女の再来だ、俺たちの救世主だ!!』と言われ拝まれた、と?」 「まあそうなんだけど、何かしらねぇ便せんの乙女って。物書きだとバレることは一切してないのよ?手にインクの染みもなかったし」  私は首を傾げた。 「便せんではなくびいせんの乙女です。………知りませんか?何十年以上も前に実際にあった話で、おとぎ話にもなってますよ。  私も母から聞いたことがあります。  神々しいまでの美貌の侯爵令嬢が年頃になって見合い話が山のように持ち込まれたのですが、どんなに美しい殿方であろうとも目もくれず、それはもう目も合わせたくないほど醜いと評判だった伯爵の次男坊に、この人でないと死ぬ、私が幸せにしてみせる!と自ら熱烈な求愛の末に結ばれて幸せに暮らしました、というモノでございまして、『見た目ではなく心の在り方で幸せになれる』という、まあよくある話でございますね。  それでその乙女が『びいせんでいいのアタシもう』と婚姻後に溜め息混じりに友人達に語ってたとかで、びいせんと言うのは不細工な男性に綺麗な女性が心惹かれる意味合いを言うようでございます。語源は解りませんが」  B(ブス)専ってことだな多分。  ………彼女の心の動きが手に取るように分かり、とても他人とは思えなかった。  絶対日本人の転生者に違いないと私は 確信したが、神妙に、 「なるほど………」  と言うに留めた。 「まあそんな話はいいとして、居たたまれなくなってダーク様と逃げるように店を出て、そのまま帰ってきたんですか?」 「いいえ、ダーク様からは帰る前に、『私は大した休みの予定もないので、本当にリーシャ嬢がそうされたいのなら、芝居でも買い物でもお付き合いします』と言質を取ったわよ。  多分、私が絶対引くつもりがないのが分かって根負けされたのね。人間、気合いで何とかなるものだわ。肉食系女子としてはなかなかの成果ではないかしら」 「はぁそうですか……まぁ、お嬢様を振るなんてことがあれば、暴動が起きかねませんしね。  何と言ってもびいせんの乙女ですから」 「その呼ばれ方は個人的にとっても納得できないけど、まあ結果オーライって事で。  ルーシーに言われた通り、後は詰め詰めでデートを重ねて、私の本気を分かって頂ければ、少しは好感度を上げて頂けるんじゃないかと思うのよ」 「リーシャお嬢様なら、何もしなくても好感度などはすぐに振り切れる位上がると思いますが、ダーク様の周囲にお嬢様を放牧すると、わたくしの寿命が日々短くなっていく気がして仕方がありません。せめて母に遺書を書き終えるまでは、くれぐれも過激な発言や暴走はお控え頂くようお願い致します」 「分かってるわよ。  ていうか勝手に死なないでよ、貴女居なくなったら正真正銘ぼっちなのよ私は。今回はちょっとやらかしたかも知れないけど、次は完璧な淑女として振る舞うわ!」 「既に完璧な淑女というのがどこに行ったのかわたくしにはとんと分かりかねますけど、応援させて頂きます陰ながら。  ところで、どこに行ったのかで思い出しましたけれど、一昨日『プラトニックプリンス』の発売日でしたので、購入がてら街中の本屋や腐った婦女子がたむろしそうなカフェを巡ってみたのですが」 「メイドの本業はどこに行ったのかの方も私は気になるのだけど」 「お嬢様のマネージメントとリサーチ業も欠かせない大事な仕事でございます。  それにしても、さすがにお嬢様、既にお手元にお持ちの方々がいらっしゃいまして、話題に出ておりました」 「まあ、そうなの?で、どんな感じかしら?」 「遠く離れた隣国の大臣の息子への淡い初恋を拗らせた第三王子が、彼に逢いに行きたいが為に転移魔法を習得しようと魔導師に弟子入りを願うものの、簡単には教えられない禁忌魔法だから、どうしてもと言うなら身体を自由にさせることを条件にと言われ、泣く泣く弟子入りし身体を弄ばれながらもやっと習得したのに、実は隣国の大臣の息子と言うのは大嘘で、ずっと彼に片想いをしていた魔導師の仮の姿だったと言うまさかの展開への驚きと、じゃあ初っぱなから想いあった二人がナニしてる訳ねと気づき、序盤から最後までプラトニックは行方知れず、流石イザベラ様の薄い本は読者の期待を裏切らないと若い方々が頬を染めて力説しておりました。  ですが、本屋で小さな子供をお持ちの奥さまが、タイトルだけで子供の読み聞かせ用に買って行かれましたが、恐らく最初の一ページ目でなかったことにして自分用の愛読書として仕舞われた可能性が高いかと」 「あれは書いてるうちにタイトルに偽りありだと自分でも思ったのだけど、まあいいかと変更しなかったのよ。響きが気に入ってたし。そう、そんな弊害もあったのね。次回からは気をつけないと」 「気をつけるのはタイトルじゃないだろうと突っ込むには私も大分いい腐り具合になってますので差し控えたいと思います。  『ラブアサシン』も来週には店頭に並びますし、また様子を見て参りご報告申し上げます」 「だからメイドの仕事しなさいよルーシー。まあいいわ、取りあえずダーク様との次のデートプランを練りましょう」 「左様でございますね」  そして夜更けまで灯りは落とされることなく、作戦は練られてゆくのだった。
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