ミッションは完遂するも。

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ミッションは完遂するも。

 本日のダーク様は、暖かそうなベージュ系のニットのセーターに、ブラックジーンズに皮のブーツという、極上の色気が人の姿を取ったらこうなると言う見本のような格好で私に精神攻撃を仕掛けて来ていた。  ダーク様は、確実に私の息の根を止めに来ている。  まずいわ、グラサンが欲しい。眩しくてまともに見てられない。  でも目を反らすと言う行為が、ダーク様にとって醜い顔から目を背けていると取られかねない。  傷をつける訳にはいかない。  必死でダーク様の攻撃を受けきる。  この数日、この日を空けるため原稿を詰めて書いていたので当然寝不足である。  本格的に土偶化した私には、この太陽のように明るく、また月のように魅惑的な柔らかい眩しさは目の毒なのである。  腐女子成分が浄化され昇天してしまいそうだ。既に天使が周りをくるくる回ってる気がする。  いや、むしろ浄化された方が世間様の為になるのかも知れないと逆らわず身を委ねそうになる。  はっ。危ない危ない。  ………まだミッション1つクリア出来てないのに何を弱気なことを。  尊い存在に目眩がする自分を叱咤し、私は気を引きしめる。  まだ土偶VS人外の美貌の剣士とのデートという戦いは始まったばかりである。  戦わずして勝利はないのだ。 「ダーク様、お早いのですね。申し訳ありません、今回こそはと早めに出ましたのに」    だが、まだ本来の予定より30分も前である。  ダーク様は、振り向いてふわりと笑顔になる。 「いや、女性を一人お待たせする訳にはいきませんから。いい天気で良かったですね」 「はい、嬉しいです」  なんてジェントルマンなのですか。  こんなヨゴレに笑顔まで添えるとか寛大にも程がある。  やはり命(タマ)取りに来られてる。  一瞬たりとも油断がならない。  なんてデスゲームなの。  いや幸せだけど。  好きなんですけど。  もう本当に大好きなんですけど。  死ぬまでいや死んでからもずっとずーっと大事にしますから結婚して下さい。  思わず心情が心からこぼれ落ちそうになり、震える手で見えないようにもう片方の腕の柔らかいところを思いっきりつねる。  結構シャレにならない痛みで一気に覚醒した。  私の煩悩が内乱状態である事を知らないダーク様と、並んでゆっくりと歩き出す。  まだ昼には一時間ほどあるせいか、街中の人通りもそれほどの混雑ではなかった。  公園は町外れにある。  小高い丘もある広々とした芝生のある景色のいいのどかなところですよ、とルーシーは言っていた。 「「………あの、」」  暫く無言で歩いて、ようやく決心して声をかけた私に、ダーク様の声が被る。 「大変失礼しました。ダーク様なにか?」 「あ、いやっ、リーシャ嬢から先に」 「いえ、ダーク様からお願いします」  私にとって、ダーク様からのお話は全てに優先されるのだ。  こればかりは譲れないと強い意志でダーク様を見ると、苦笑したダーク様がじゃ、といい、 「その、先日頂いたクッキー、ですが………大変美味しく戴きました。  それで、その、………お時間があれば、いや本当に良かったらで、構わないのですが、また頂ければありがたい、と」 「は、はいっ、勿論喜んで!!  こちらこそ召し上がって頂いてありがとうございました。甘いのは苦手かも知れないと渡した後にハラハラしておりましたので、本当にほっと致しました」  嬉しい。本当に嬉しい。  ああどうしよう。  結婚して下さい。  私は満面の笑みで深々と頭を下げた。 「………いや、お世辞抜きで本当に旨かったです。  俺は手作りのお菓子など貰ったのは初めてでしたので尚更嬉しかったです。こちらが何かお返し出来る事がないかと思う位です。  リーシャ嬢は、アクセサリーとか、衣服とか、何か欲しい物とかありますか?  いや、俺はその、センスがないので、お任せと言われても困るんですが」 「特に………いいえっ、あの、それでしたら、お願いがっ!!」 「はい、何でしょう?俺に出来る事ならなんなりと」 「ダーク様にしかお願い出来ません。  私と一緒の時には、敬語を止めて下さい。釣りの時みたいに普通に接して頂けるととても嬉しいのです。  それで私と、その、手を繋いでもらってですね、ランチで『あーん』をさせて下さい。  そのあと、もし可能であれば、膝枕などもさせて頂けると大変ありがたいのです。  その代わりにお礼と言ってはなんですが、クッキーでも他のお菓子でも、もう要らないと言うまで、いつでもいくらでも喜んでお作り致します。  …っ……すみません、お菓子位でここまでお願いしてしまうのは、とんだ暴利ですよね。どんな悪徳高利貸しでしょう。  何か削らなければ。何か………いえでも、どれもこれも削るには身を切られる思いが………。  あっ、そうだわ!いっそのこと、ダーク様が選んで頂けませんか?  嫌がることを押しつけるというのは私の本意ではありませんし、どれを選んで頂いても私には嬉しいです。  あの、………どれでしたらお願い可能ですか?」  ダーク様が立ち止まりまたしても石化されてしまったが、少し経つと空を見上げ、何があるのか地面を見て、首を振り、口元を押さえ、また空を見上げ歩き出したと思ったら立ち止まり、私をゆっくりと振り返った。  良かったわ。今回は割りと早めに解けてくれて。  期待を込めてダーク様を見ると、頬を少し赤くしたダーク様がぽつりと、 「………俺で、良ければ、その、全部喜んで」  そう言うと、遠慮がちに手を差し出してきた。    ダメだ。愛しすぎる。  どうしてくれようか。  私が一度心肺停止に陥ったのは、それはもう致し方ないコトだった。 ~~~~~~~~~~~~~  穏やかな陽射しが注ぐ公園の芝生に薄いラグマットを引き、私はバスケットからサンドイッチや唐揚げ、ポテトやプリンなどを取り出して、手作りなので気に入るかどうか分からないですが、と照れながらダーク様に先にお詫びをする。 「………いや、リーシャ嬢の手作りのランチは楽しみで、……楽しみだな」  敬語を止める努力をしてくれているのは嬉しいが、一つだけ不満がある。 「リーシャ、とお呼び下さい」 「え………いやそれは流石に………っ!?」 「リーシャ」 「………っ、っ、り、リーシャ」  顔を赤くしながら、何とかぎこちないながらも呼び捨てにしてくれたので、嬉しくて私まで顔が熱くなってしまった。 「それじゃ、頂きまーー」  手を伸ばしてきたダーク様の手を押さえる。 「最初は何が宜しいですか?ダーク様」 「え?あ?え?………っ、唐揚げ、を」  そうです。  勝手に一人で食べてはいけません。  了承済みですよねダーク様。 「はい、あーん」  唐揚げを楊枝で刺して、ダーク様の口元に持っていく。 「………っあ、ありがとう………」  口を開いて唐揚げをパクリと食べた。  しばらく味わって飲み込んだ後、笑顔になる。 「とても美味いな………その、リーシャ嬢は」 「リーシャ」 「っ、すまん。リーシャ、は料理が上手いんだな。伯爵令嬢なのに料理などするのか?」 「伯爵令嬢と言うと聞こえがいいですけど、領地からの収益が主で、ここ数年あまり天候不順で収益も芳しくないですし、貧乏伯爵令嬢ですから。  母も私も料理はします。  はい、ポテトフライもどうぞ。あーん」 「………すまん。もぐもぐ………んー、これも美味いな」 「揚げたジャガイモに塩を振っただけですから」  何回もやってる内に少し慣れたようで、それほど照れもせずにあーんをすると口を開いてくれるようになった。 「他の、特定の異性から食事をもてなされた事はございますか?」 「ないな」 「それは、私が『初めて』と言う事で、宜しいでしょうか?」 「ぐごほっっ!」  いきなり咳き込んだダーク様の背中をわたわたとさする。 「大丈夫ですかっ?食事中いきなり話しかけてすみません!  私、本当にがさつでご迷惑ばかり………」 「………いや、言い方がな。  そこだけを他人に聴かれたらリーシャも誤解されてしまうぞ。言葉の選び方には気をつけた方がいい」 「………まあっ、そうですね言われてみれば。ふふふふっ。嫌だ、よく気がつきましたねダーク様。  まあ別に他の方に誤解されても全く問題ないですからお気にせずに。かえって悪い虫がダーク様につかなくて一石二鳥です」 「なっ、りっ、そこは未婚の女性なんだから気にしろ!」 「え?ですが、私は付き合いたいのも結婚したいのもダーク様だけですし、好きでアタックしてる方と噂になるならラッキーというか有り難いと言うか、………でもダーク様がお困りになるのは嫌ですし、気をつけます」 「………さらっととんでもない台詞を言うなよ。結婚なんて軽く言ったら駄目だ」 「勿論、付き合えたとしてもダーク様に強引に結婚を迫るとか一切致しません。  辛いですが、他の包容力のある素晴らしい女性がダーク様のお側に現れる可能性も想定しておりますし、身を引く場合もごねたりダーク様のご迷惑になることは一切しませんので、何卒ご安心下さい」  いや、自分で幸せにしたいよそりゃ。  でも、同じ位にダーク様を想ってくれて、ダーク様も好きだと言うなら諦めはつく。 「………いや、安心ってな………。  リーシャ、そもそもなんでそこまで俺を?  その、なんだ。釣りの時に俺が色々教えたり、魚をやったりした事で、感謝とかを好きと勘違いしてる可能性がないか?」 「え?ダーク様は魚を貰った方を好きになるのですか?  それじゃ次は釣りに行きましょう!私が沢山釣ってダーク様にーーー」 「いや待て、魚を貰っても普通好きになるとかないだろう?」 「私も同じです。親切にされたり物を頂いた位で好きになってたら大変でしょう?疲れるじゃないですか」 「だったら、なんでこんな醜い男にほ、惚れるんだっ!!意味が分からないだろう?」  ダーク様が吐き出すように言葉を落とした。 「私が好きになると、ご迷惑ですか?」 「そうじゃなくてだなっ、………じゃ、じゃあなんで好きになった?」 「なんで?………。いつの間にか、ですかね。  いつの間にか好きになってて、ダーク様に幸せになって欲しいと思って、出来る事なら私が幸せにしたいと思ってしまいました。  好きになるのに理由は必要ですか?  理由がないと受け入れては頂けませんか?  ただ、好きなものは好きなのです。それだけ分かってれば充分ではないですか」 「っっっ、俺と一緒に歩いてると後ろ指を指されたりとかっ」 「え?別にデートの邪魔にならなければどうでもいいですけど。ああ、ダーク様に害を成そうと言うなら断固戦いますが」 「こんな顔の男とっ!!キスなんかもしないといけないだろうがっ!!気持ち悪いだろうっ?」 「いやー私にとっては夢のようですね。  私のファーストキスを捧げる相手がダーク様なんて、人生最大の大仕事、でかした私!としか思いませんけど。  大体、気持ち悪いと思う人と付き合って、あわよくば結婚までもつれ込みたいと思ってる女がどこにいるんですか。そこまで私は慈悲深い女ではありません」 「………出来るのか………出来るものならしてみろよ………」  沈黙の後のそんな小さな呟きを、私のダーク様センサーが聞き逃すはずもなかった。 「え?キスですか?宜しいんですか?  やだどんなご褒美ですか。  何のご褒美か分かりませんがありがたく戴きます。  もう今さら撤回出来ませんよ」  そう言うと私は持っていたランチボックスを脇に置くと、セーターを掴んで引き寄せ、ダーク様にファーストキスを捧げた。  ダーク様もファーストキスだと良いのだけど、と思いながらも柔らかな唇から名残惜しく離れたが、ダーク様は無反応だった。  あれ、また石化したのかしら、とダーク様を見ると、  あまりの衝撃だったのか、気を失っていた。  腐女子の私よりもよっぽど乙女である。  しかし、少々やらかした気がする。  私は一瞬、脳裡にルーシーを思い浮かべ、遠い目をしたが、もう過ぎた事を言ってもしょうがない。  でも、ミッションである手を繋ぐのとあーんも出来たし、ルーシーはきっと許してくれ………  いや。膝枕がまだ。  ラグマットの上で、眠ってるんじゃないかと思うようなダーク様をじっと見つめる。  まだ目覚める気配はない。 (………据え膳食わぬはなんとやら、と言うものね)  私は一人頷くと、正座をしてそっとダーク様の頭を持ち上げ、腿の上に乗せた。まあそこそこお肉はあるのでそんなに痛くはないだろう。  乱れたダークシルバーの長い髪を漉きながら、 「………起きたら、キスの分だけでも私を好きになっててくれますように」  と祈りのように呟く。  女性に免疫がない優しくて純情なダーク様を振り向かせるのは、これが初恋である己にはかなりの荒行であると思うが、しかし肉食系とでも思い込まないと、ダーク様へアタックなんぞとても出来ない。  ファーストキスだって、ダーク様から奪われる方が良かったですよええ。乙女の夢ですからね。  でもそんなこと言ってると一生何にも起きない。野生の勘がそう告げている。今までこの勘は狂った事がないのだ残念ながら。  自分が行くしかないのである。  ただ、肉食系の経験値がない分、計算が狂いやすいのは許して貰いたい。いずれは何とかなる気がする。と、思いたい。  なんで押して来るようなタイプではなかったのかと残念に思わないでもないが、ダーク様だからしょうがない。  でも、実はそう言うダーク様だから好きなんですよ。  幸せにする道のりはまだまだですけど、頑張りますから私。  少しずつでも信用して下さいね。  私は、そんな事をつらつらと思いながらも、ダーク様が気がつき、膝枕の事実に飛び起きるまで、髪を撫でる手を止める事はなかったのだった。
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