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ホイホイはホイホイ。
【ダーク視点】
「……おい」
「……」
「……おーい、ダークぅ」
「……」
「……あ、リーシャちゃんだ」
「え?どこだっ?!──うっ」
慌てて辺りを見回す俺に蹴りを入れたヒューイが、呆れたような顔で「お前幾つだよ」と呟いた。
「よ、44だがそれがどうした」
「結婚して何年だよ」
「12年だが」
「あのなぁ、12年も経つのに妻を信用してないのか?朝からずっとソワソワしてんじゃん」
「──リーシャを信用してないんじゃなくて、周りの理性を信用してない」
「……ああ、なるほど。ま、リーシャちゃんだしな。未だにそら恐ろしいほど美人だしな」
「リーシャはただでさえ若く見えるのに、あの女神のような美貌だ。4人も子供がいる人妻とはとても思えんだろう?それも、だ。ガレク国王は今独り身と聞いた」
「王妃が肺炎こじらせて亡くなったんだろ?5年ほど前だったか」
「リーシャも子供たちも王族ホイホイだからな。
油断するとあれよあれよで離婚させられて後添えになんてのもありそうだから怖い。
リーシャなんて普段は表に出たがらないからまだいいが、子供たちなど、公爵令嬢だの侯爵子息だの俺より格上の貴族からガンガンに釣書が届くんだぞ?」
「双子ちゃんは王族のツバがついてるじゃん」
「そっちはそれでしのげるが、カイルとブレナンはまだ王族の粉がかかってない。
まあ単純に年の釣り合う皇女が少ないのもあるが、いつどうなるかなんて知れたもんじゃない。
ウチは恋愛至上主義だしまだ子供だからで全部突っぱねているが、あと数年もすればそんな事も言えなくなる。ただでさえ子供たちの結婚相手で国際会議が出来そうで胃が痛いのに、大事なリーシャまでどうにかなったらと思うと心臓がギリギリと締め付けられるんだ」
俺は深く溜め息をついた。
ずっとリーシャと結婚してから幸せな日々だった。
子供たちにも恵まれたし、俺の人生はどん底からはるか高みにのぼっているのだ。
不細工な人間が1度味わってしまった夢のような幸せを失う不安など、他の一般的な人間にはきっと一生分からないだろう。
「いや、でも不仲の夫婦ならまだしも、お前らのとこ仲が良いから、まさか引き裂いてまでモノにするとかないだろう?それに、不敬になるがガレク国王って結構顔が残念らしいからリーシャちゃんだって……」
俺は途中ではっ、とした顔になったヒューイを静かに見つめた。
「──そう。リーシャは普通の女性とは見た目の好みが違う。俺と結婚したぐらいだからな。
いや信じてる、信じてるんだが、万が一ガレク国王の見た目がリーシャの好みだったらと思うと……」
同じぐらいの好みの顔ならば、多大な権力がある王族というのはより魅力的じゃないだろうか。
子爵夫人よりは王妃を望む女性だってかなりいるだろうし、強く言い寄られたら身分的に断りにくいのもある。何せ王族なのだ。
そもそもどの王族からも引きが来てもおかしくない美貌だったのに、同じ釣り好きだってところから俺と接点が出来て結婚に至った訳だ。
年も14歳差とかなり離れている。仕事柄、体も衰えないように鍛えているし、そこらの20代のガキにはまだまだ負けないつもりだが、結婚してから12年、出会った頃から考えたらそりゃ老けている。
リーシャは全く変わっていない気がするし、あの美しさだ。いくらでも高みを目指せる。
「……リーシャちゃんの顔の好みはどうあれ、ダーク以外の男性に興味はないって何年か前に断言してたから、心配するな」
「何年か前に、だろ?今はどうか分からん。もう実は飽きているのかも知れないし。俺は趣味がリーシャと子供たちってぐらいの面白味のない真面目なだけが取り柄の人間だ」
「お前なあ、じゃあリーシャちゃんをくれと言われたら献上でもすんのか?」
「それだけは断固断る」
即答した俺にヒューイが笑い、
「だったらウジウジ悩むなよ。ホッとしたわ俺。それで仕方ないとか言い出したらぶん殴ってやろうかと思ったけど、ちゃんと大事なとこは分かってんじゃん」
と背中を叩いた。
「見慣れたせいか、俺はリーシャちゃんはダークの隣が一番いいと思ってる。子供たちもお前とリーシャちゃんのいいとこ取りのよく出来た子たちだし」
「そう思うか?」
「ああ。だから変に悩むな。それに国王がリーシャちゃんを気に入ってどうこうとか想像でしかねえし」
「……だよな。ヒューイ、お前はやっぱり親友だ」
「そう思ったら今日は模擬戦負けてくんね?」
「実力で勝て」
「そこは『分かった』って言うとこだろうが。
くそー、いいさ実力で勝ってやる」
ヒューイがパンチを繰り出す真似をするのを避けながら、俺は気分が楽になっていた。
◇ ◇ ◇
「ダーク!ごめんなさいね仕事場にお邪魔して。ガレク国王陛下とカルロス王子をご案内したわ」
午後も2時を回った辺りで訓練場でざわめきが広がり、
「うおー、女神が現れた」
「指揮官の奥方は相変わらず目が覚めるほど美しいな」
「俺たちにも優しい言葉かけてくれるしな。流石にびいせんの女神だ」
と隊員たちの囁きが聞こえた。
俺は手入れをしていた剣をしまうと立ち上がった。
いつ見てもリーシャの周りは光が輝いているようで、そこにいるだけで雰囲気が柔らかになる。
だが俺だけの女神だ。
リーシャは何故かワンクッション間を置いて、頷くと俺にぎゅっと抱きついた。
「っ、どうしたリーシャ?表で抱きつくのは恥ずかしいって言ってたのに……」
「いや、たまにはいいかなって。──でもやっぱり仕事場でするものじゃないわよね」
恥ずかしそうに腕を離そうとするのを押さえて自分からも抱き締めさせて貰った。ヒーリング効果だ。
リーシャがそばにいるだけで何でも出来そうな気がする。
「あのっ、ダーク、ちょっと隊員さんが見てるからもういいのよ?」
「別に夫婦なんだから構わないだろ?
……ところで何で子供たちまで一緒にいるんだ?」
向こうから手を振っている愛する子供たちを見て首をひねる。
「勝手に付いてきたのよ。私が心配だったんですって。もう叱ってあるからこれ以上怒らないであげてね。
我が子ながら行動力があるなと実はちょっと感心もしてるのよ」
「……おう」
話していると明らかにオーラが違う体つきのいい男性がやってきた。噂通りの俺と同レベルの顔立ちだ。
これがガレク国王だろう。
リーシャからしぶしぶ離れて頭を下げる。
「ガレク国王陛下でしょうか?私の妻と子供たちがご面倒をおかけしたようで誠に申し訳ありません」
「いやいや、可愛い子供たちに美しい奥方で楽しい時間だったよ。シャインベック指揮官だったか?君が羨ましいよ。アロンゾ・ガレクだ。よろしく」
気さくに握手を求めてくるガレク国王に意外な気持ちになったが、
「模擬戦をするんだろう?勉強がてら私も参加させて貰えるかな?」
と俺に向けた眼差しには、紛れもない嫉妬の感情が含まれていた。
やはりリーシャは王族ホイホイだった。
俺は心の中で苦笑したが、例え王族でもリーシャは渡さない、との思いを込めて真っ直ぐ見返したのだった。
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