リーシャ、ちょっとゴリラになる。

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リーシャ、ちょっとゴリラになる。

 模擬戦は、ランダムで組まれた相手と寸止め勝負で「参った」と言わせるタイプの訓練だそうで、今回は夏に行われる王宮主催の武術トーナメントの有力候補の選抜訓練らしい。      最近は王宮も年始のパレードと祭りだけでなく、お祭りや演劇フェスタや美術展、武術トーナメントなど定期的に多様なイベントを開催するようになって、国民としては喜ばしい限りだ。    人間真面目に働くだけでなく、娯楽と呼べるものもあった方が、また頑張るべーと思える気がする。      基本的にほぼ屋敷に引きこもりの私にはあまり関係ないが。昔から人混みが苦手なのだ。仕事もあるし。    ……それにどこか行ったら行ったで「女神だ……女神だ……」とザワワザワワとサトウキビ畑かギャンブルに命かけてるマンガの主人公のようにざわつかれる。  メンタル的に大変よろしくないのである。    本当は旦那様や子供たちと一緒にマメにお出掛けするようなアクティブな母親でありたいと言う気持ちはあるのだが、頑張ってもたまにしか動けない。    ヒッキーでコミュ障でオタクで腐女子のBL作家&マンガ家という、母親としてより人間としてどうなのという部分が私の8割を構成しているせいで、大和民族がもてはやされるこの国で傾国の美女(他称)と名高い顔立ちであろうと、この美貌(笑)を活かして世間様に対して何かをせねばという気持ちは一切ない。    私は家族と身内と少ない友達と仕事があれば楽しく生きて行けるのだ。NOちやほやNO頬染めである。     「しかしまあ、見事なまでに美味しそうな筋肉祭りよねえルーシー。腐女子の魂がご褒美で喜んでるわ……」    広い訓練場に複数の組が同時に戦っていて、キンキンカンカンと剣がぶつかり合っているが、流石に騎士団の精鋭、体つきも筋肉がいい感じについていて眼福だ。    そしてこれまた美形が多い。    創作意欲が刺激される。    人様には穏やかに試合を観ている子連れの母親のように見えるだろうが、脳内はマラカスを鳴らしたオイチャンがサンバを狂ったように踊っている。    子供たちも剣を振るう姿が格好いいのか、目を輝かせて「がんばれー」などと応援していた。   「確かに目の保養でございますね。ですがリーシャ様、淑女として鼻の穴おっぴろげているのは如何なものかと思われます」   「……あらやだ、感動と興奮が私をゴリラにしたのね。気をつけないと。──ねえ、あそこで戦ってるのグエンじゃないかしらね?」   「……そうですわね」   「選抜に選ばれるなんて、やっぱり強いのねダークが言ってたように。あ、ほらもう勝ったわよ。こっちに手を振ってるじゃない。応えてあげなさいよ」   「仕事中でございます」   「私が許すから。ほらほら」    私はルーシーの手を掴んで一緒に手を振り返した。   「ルーシー、貴女恋人の勇姿を称えないのはいけないわよ?最初っからいるの分かってたんでしょう?」   「……リーシャ様のように向かうところ敵なしの顔ではないので、グエン様にご迷惑がかかると思いまして」   「まあ!ルーシー、ビッグな勘違いよ?  メガネ女子で巨乳でぱっちりおメメ。メイド服に隠された鍛え上げた肉体というギャップ。仕事も完璧。  そんな2次元でもなかなかいない萌えどころ満載の福袋みたいな貴女と、顔はそこそこでも、屋敷でただ煩悩のおもむくままに絵や文章を書き連ね、萌え尽きて土に還るのをただじっと待つだけのヒッキーとじゃ比べ物にならないわ!!」    がしっとルーシーの肩を掴み力説する。   「……そのリーシャ様の自己評価の低さと美的感覚の違いがいつもわたくしを放って置けない気持ちにさせるのですけれども、お気遣い頂きありがとうございます」   「気遣いじゃないわよ本気でそう思っているんだから。むしろグエンとこう、ラブラブした空気が漂わないかしらと最近ではその事ばかりが頭をちらついて──」   「リーシャ様、ゴリラ化の解除を願います」   「……ウホ?」   「ウホ、じゃございませんわよ。グエン様とは焦らずに距離を縮めて行ければ良いのです。  わたくしには過ぎた御方です。いつでも結婚を考え直せるよう逃げ場は用意してあげないと。7つも上の年増に追いすがられたら可哀想ではありませんか」   「ウホッウホッ」   「『あれは本気だ』と言われましても、一時の気の迷いかも知れませんから。わたくしも一応腐っても女子ですので、本気で向き合うには時間と気力がいるのです」   「……ウホー……」   「リーシャ様が『私が腐女子にしたせいで……』などと気に病む事はないのです。無関係ですし自分で好きではまっただけですから。  そして言ってる事が分かる自分も大概ですが、いい加減ゴリラ語も解除して人間に戻って頂けますか?  そろそろ旦那様の試合が始まりますわよ」   「……あら。ガレク国王と試合をするのね」    私はダークの対戦相手に目を向けた。   「王族と部下を戦わせる訳には参りませんでしょう。それにガレク国王はかなり鍛えておられますわ。歩きにも無駄がありませんでしたし、旦那様といい勝負ではございませんか」    確かに世紀末覇者的な国王と北斗七星が胸にない伝承者的なダークは周りにズモモモモというようなオーラを放っているように見えた。    そういや前世で子供の頃観ていたそのバトルマンガは、主人公の伝承者が初登場の時に18歳で、病弱な医術の出来る兄さんが23、4歳で、敵になる兄の世紀末覇者が25、6歳だと解説書にあった気がするが、核の炎に包まれると年齢も炎に包まれるんだなあとそちらの方がよほど恐ろしかった記憶がある。     「……よろしくお願いいたします」   「本気でやってくれ」    どちらも重低音のバリトンボイスで短くやりとりをすると、2人が剣を構えた。    あー、本当にうちのダーリンは問答無用で格好いいなー。私はおもわず見惚れてしまう。    イケメンって3日で飽きるとか言うけど、12年経っても飽きないわね。  円熟味が増すと言うか、色気がぱないというか。    などと思っているうちに、かなり激しい打ち合いになってきた。  隣で見ていたカイルも目を見開き、   「ふわぁ……」    と言ったまま絶句している。    ダークはトーナメントでも優勝してるし、ヒューイさんでも未だに勝てないと言うので、本当に強いのだろうと思うが、本物の剣を使っているので私としてはケガをしないでほしいと言うのが一番強い気持ちである。    大ケガをして勝つよりは、負けてもいいから軽傷であってほしい。    汗で濡れたシャツの背中を追いながら、私は祈るような気持ちで試合を見守っていた。          
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