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リーシャは知らずに王族を振る。
【アロンゾ視点】
──初めてリーシャと顔を合わせた時は、こんなに美しい女性がこの世にはいるのか、と言う衝撃だった。
胸が締め付けられるように痛む。一目惚れというのはこういうモノなのかと自分でも驚いた。
30と聞いたがとてもそんな年には見えない。
せいぜい22、3位である。可憐とか儚げという言葉がこれほど似合う女性もなかなかいるまい。
そして、またリーシャとそっくりな顔立ちの双子の女の子や将来的に確実に女性を泣かせるタイプであろう2人の美しい息子たちも素直で可愛らしい。
私のように【国のため】だと政や王として強くあるために体を鍛え上げる事に腐心してきたような、不器用で見た目に大いに問題がある男でも愛してくれたメリッサを私はとても愛していたし、亡くなった今でも何度も夢に見る。
二重でクリクリとした垂れ目のメリッサは、鼻の高さとソバカスを気にしていた。
確かに決して美しいと呼ばれる顔立ちではなかったが、笑うと片頬に出来るエクボが可愛らしく、とても愛嬌のある妻であった。
だが、そのメリッサも儚くなって既に5年。
どんなに恋しく思ったところで、政治に心が疲弊しても抱き締めて慰めてもくれないし、2度と肌を合わせる事も出来ない。
この頃は夢に出てくる機会も減ったし、記憶で補っていた筈の顔立ちもはっきりとは出てこなくなった。
ぼんやりした輪郭と艶々した栗色のロングヘアーで辛うじてメリッサだと分かるだけだ。
5年という日々が私から優しかったメリッサの記憶を奪って行きそうで、定期的に王宮に飾られた絵姿で妻を脳に留めるようにしないと不安で仕方ない。
残されたカルロスも22歳。すっかり仕事も任せられる立派な成人である。難しい年頃に母親を亡くし、荒れた事もあったが今はすっかり落ち着いた。
私も43歳になった。
もう、というかまだ、というか判断に迷うところだが、本音を言うと、独り寝をするのが寂しい夜もある。
別に始終いかがわしい事をしたい訳ではないが、心を許せる人が側にいればと思う事も度々ある。
リーシャのような月夜の如く漆黒の艶のある長い髪、神が最高の美を集めたような切れ長の一重の黒々とした輝く瞳、小ぶりな鼻に官能的な薄い唇の女性が同じベッドに眠っていたら、普通の男は平静では居られまい。
こんな美の結晶みたいな妻を持った羨ましい男はどんなイケメンだ、と顔を拝むべくやってきた騎士団の訓練場には……素直な感想を言えば、
(私の方が地位も見た目もよほどましではないか)
と思わせる、滅多にお目にかからないほど不細工な男が責任者として現れた。
リーシャの夫のシャインベック指揮官である。
それも、私より1つ歳上だという。
(……リーシャは幾らでも好きに選べる立場の美貌で、コレを選んだのか。──また物好きな)
知らず知らずシャインベックの値踏みをしてしまった私は、こんなに不細工な男でもいいのであれば、私でも良いのではないか?と余計な思いまで抱いてしまった。
……子爵夫人ではそれほど贅沢三昧も出来まいし、王妃になれば下にも置かぬ暮らしをさせてやれるのだが。
シャインベックと模擬試合をする準備をしながら、私はそんな愚にもつかない考えが頭の中を飛び交っていた。他国の人妻に何を考えているのだ私は。
周囲に探りを入れてみたが、残念なことに夫婦仲はかなり良さそうだ。
まあ当たり前だろう、リーシャのようなな美女を妻にしてないがしろにする男など死んでいい。
もし暴君の気配でもあれば、速攻で離縁させて国へ保護の瞑目で連れ帰り、時間をかけて後添いになってもらうものを。
準備が出来てシャインベックと向き合うと、明らかに只者ではない佇まいに身が引き締まる。
「本気で来てくれ」
私はそう言うと剣を構えた。
リーシャは見た目はどうでもよくて、強い男が好きなのかも知れない。それなら腕に覚えはある。
夫をボコボコに負かせばあるいは……。
未だにそんな事をふと考える自分に少々嫌気が差していたが、剣を合わせていると、それどころじゃなくなった。流石に指揮官を拝命しているだけある。強い。
油断してると私が返り討ちに遭いそうだ。
必死になっている事を気づかれないよう邪念を捨て本気で戦ったが、国で1、2を争えるほどの剣の使い手である私と互角か、それより上である。
国王として他国の騎士団のトップに負けることなど許されない。
流れる汗が目に入り滲みる。
気力でひたすらに剣を振っていると、シャインベックが一歩引いて剣を下げる。
「参りました」
頭を下げて膝を立てているが、嘘をつけと思う。
私は息が上がり肩で息をしている状況なのに、奴は少し息を荒くしているだけだ。
私を立ててくれたと気づかぬほど私も馬鹿ではない。
むかっ腹は立ったが、これ以上やると無様なところを騎士団の連中や部下に晒す事にもなりそうなので、引かせて貰う事にした。
「済まない」
聞こえるか聞こえないか程度の小声で一言だけ告げると、シャインベックは首を振り、
「流石に剛腕で知られる陛下です。まだまだ私も鍛練が必要です」
と笑顔で首の汗を拭った。
……不細工なのは間違いないが、まあ人柄は悪くない。
自分の顔を棚に上げて失礼な事を考えていると、タオルを持ったリーシャがやって来て、そっと私とシャインベックにタオルを手渡した。
後ろに立っているメイドは氷を浮かべた水を2つ、トレイに乗せている。有り難く受け取り一気にあおった。
「アロンゾ様はとてもお強いのですね!
御2人の戦いを見ていてどちらかが怪我するんじゃないかとハラハラしておりました」
リーシャが頬を上気させ、色気マシマシで私を見るのに目眩がしたが、リーシャの背後からシャインベックが
「アロンゾ……様……?」
と背中から黒い何かがわき起こっているような声で呟いた。
「──リーシャ、国王陛下をファーストネームで呼ぶなど不敬だ。ガレク国王陛下とお呼びしなさい」
諭すようにリーシャに説教しているシャインベックの背中がさっき戦っていた時より怖い。
「いや、シャインベック指揮官、それは私が──」
「いえガレク国王陛下、下位貴族のそれも人妻がファーストネーム呼びなどあってはならぬこと。
妻の失礼は私が代わりにお詫び致します」
深々と頭を下げたシャインベックに、分からないながらもリーシャも少しオロオロして、
「申し訳ございません」
と揃って頭を下げていた。
まああれはきっと、
(人の妻に何をちょっかい出そうとしてるんだ。
他の男の名前など呼ばせてたまるかマジ許さん)
という意志の表れではなかろうか。
私は、
(これは、ちょっと私が入る隙はないなあ)
と苦笑しつつ、
「済まないなシャインベック指揮官。
リーシャ夫人が緊張していたので、フレンドリーにした方が気分が楽になるかと思って頼んでしまった。
軽率であった、以後気をつける」
「……いえ、こちらこそ誠に失礼致しました」
リーシャは顔を上げかけて、シャインベックがまだお辞儀をしたままなのを確認して慌ててまた頭を下げた。
認めるのは少し……いや物凄く腹立たしいが、美女と野獣だとは思うが、お似合いの夫婦だった。
一目惚れしたと思ったらその女性は旦那しか眼中になかったというのも、巡り合わせが悪かったという事だな。私は内心ではガッカリしながらも、好意を向けた女性が幸せそうな顔をしているのは悪くないと思えた。
「リーシャ……いやシャインベック夫人、今日はお世話になった。あまり人妻を延々と連れ回すのもトラブルの素だな。後は指揮官に頼むからここでお別れだ。
1日付き合ってくれてありがとう。何かあればお礼に力になるのでいつでも言ってくれ」
「勿体ないお言葉でございます」
リーシャが頭を下げて礼を言うのを見たシャインベックが頭を上げ、
「万が一にも『何か』はございませんが、有り難いお言葉を頂き妻も恐縮しております。私の妻がガレク国王陛下のお役に立てて光栄でございます。
……リーシャ、子供たちを連れて先に帰っててくれ。食事の支度もあるだろうが、疲れてるだろうから簡単なのでいいぞ」
妻が妻がとマウンティング甚だしい。
「それじゃ申し訳ないけれど先に戻らせて頂くわね。町で買い物してから帰るけど、今夜は唐揚げでいいかしら?」
「ああ」
頷いたリーシャの笑顔の美しさに目眩がしたが、子爵夫人は料理もするのかとそちらの方も驚いた。
去っていくリーシャたちを見送りながら、
「シャインベック夫人は料理も上手なのか?」
とシャインベックに聞くと、
「私は妻の作る料理以上に美味いモノを食べた事がありません」
としれっと返してきた。小さく、
「ちょっと腹立つな。指揮官が不治の病にでもなったら連絡をくれ。私が子供たちも含め面倒見るぞ」
と軽口を叩くと、口角を上げて、
「有り難いお話ですが、自分は健康だけは自信がありますのでお気持ちだけ頂いておきます」
と返してきた。ムカつく男だ。
まあ、彼女が幸せそうならそれでいいが。
「全く羨ましいな、指揮官が」
「……自分でもそう思っております」
そう応えたシャインベックも心底幸せそうなので、すっぱりリーシャへの横恋慕は捨てる事にした。
いつか私にもまた人生を共にしたいと思える女性が現れるといいなと思いながら。
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