ルーシーとデート。【1】

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ルーシーとデート。【1】

【グエン視点】    目覚めると少し肌寒いものの、極上の天気だった。    僕は鍛練をし、バルゴとボール遊びをするとシャワーを浴びた。タオルでがしがしと頭を拭いながらキッチンへ向かう。    鼻唄を歌いながら冷蔵庫から卵を2つ取り出すと、手早くボウルに割り、少し牛乳を入れてオムレツを作る。  丸パンを半分に切ってミニオーブンで焼きながら、レタスを千切ってサラダも作った。    実家の伯爵家にいる時は厨房に立つ事などなかったが、騎士団では泊まり込みの仕事も合宿みたいな鍛練もあるので、食事当番も必然的に回ってくる。  最初はとまどったが、今では簡単な食事なら手軽にちゃちゃと作れるのだ。    もぐもぐとバターを塗ったパンにオムレツを乗せて頬張りながら、顔がどうしてもにやついてしまう。    今日はルーシーと恋人っぽいデートをするのだ。  嬉しくない訳がない。    勿論、普段の鍛練を兼ねてのデート(あれをデートと言うのかは疑問だが)もいいが、もっとこう、いい感じに盛り上がれるような進展を含めた関係を求めたい。   まだキスすら到達出来ていない。    サラサラした触り心地の良さそうなブラウンの髪も撫でてみたいし、鍛練しやすいように常時布を巻いて押さえつけていると思われる胸なんかも、きっと大きいんだろうなと思うけど、何しろ見たことがないので想像でしかない。    そして、童貞というのは妄想をオカズに自慰をするしかない生き物なので、早く実際に揉んでみたいとかこのパンのようにふにふにしてるんだろうかと思うと胸が高ぶり股間も高ぶるのだ。    だが、何とかなし崩しにお付き合いに持ち込めたものの、ルーシーは一線を引いた付き合いをなかなか崩そうとしない。   「グエン様、いつでも良い方が出来たら仰って下さいね。わたくし潔く身を引かせて頂きますので」    などと言い、先日もルーシーがガレク国王陛下の案内でシャインベック夫人とやって来た時だって、良いところを見せたいと頑張ったのに、シャインベック夫人の手助けがなければ手も振り返してくれなかった。  多分勝手に気を遣ってるんだろうけど、恋人としてはちょっと切ない。    潔くされても困るのだ。  ルーシーに身を引かれたら僕は一生独身だと言うのに何故ああもつれないのか。    やはり、女性に『君の戦ってる姿が美しくて惚れた』と言うのはまずかっただろうか。  でも本当にそうなのだから仕方がない。    女性だって、話を耳にすると『剣を持って鍛練している姿に惚れた』だの『逞しい背中にキュンとした』だの『スラリとした指の綺麗さに憧れる』だのよく分からない理由で惚れているではないかと思う。    話していると頭も良いし、よく気はつくし、付き合えば付き合う程に素晴らしく好みの女性で、自分の見る目が正しかったと声を大にして言える。    だが、このままいつまでも進展しないと、結婚まで進むのに何年かかるか知れた物ではない。    あれだけ素晴らしい女性なのだ。  油断してたらどこかの男にかっさらわれる。    あの表情をあまり変えないところが取っ付きにくいと思われるのかも知れないが、嬉しい時とか怒っている時、美味しいモノを食べている時など、結構目に出るのだ。それが分かって来たらまた可愛くて、色々喜ぶ事を探したい気持ちにさせられる。    正直、仕事の時以外はルーシーの事ばかり考えていると言っても過言ではない。    いや、仕事中でも気がつけば考えている。    町に出ればこのパスタはルーシーは好きかも知れないとか、花を見ればルーシーに贈りたいなどと思う。        シャインベック指揮官に「自分はちょっとおかしいのでしょうか」と密かに相談した事もあるが、   「──俺もリーシャと付き合ってる頃から今に至るまで、現在進行形でその状態なので参考にはならんな」    とヒューイ副官を呼びつけた。    ヒューイ副官は、コーヒーを啜りながら、   「んー、グエンもそういうタイプか」    と笑った。   「そういうタイプとは?」   「1度コレと決めると絶対揺らがないタイプ。  コイツはリーシャちゃんなんて女神レベルの美女に想いを寄せられてるし、まあ他の女になびくとか一切ないだろうけど、リーシャちゃんがそんなに美人でなかったとしても思いっきり愛を注ぐだろうよ」    とシャインベック指揮官を指さした。   「当然だ。こんな不細工な男に『中身が好き』だと言うほど人柄まで女神なんだぞリーシャは」   「あー、もう聞きあきたからそれはいいとして、グエンもルーシーしか興味ないだろ?」   「ええ全く」    全ての女性がどうでも良くなっている事に今更ながら気づいた。シャインベック夫人も確かに絶世の美人ではあると思うが、お綺麗ですね以外の感情が湧かない。   「相手に好かれなければ、それはただの執着粘着系のストーカーな訳だ。何だよ隣に家建てるって。  フラれたとしても、ずっと隣に住まわれんだぞ?相手だって困るとか考えない所がある意味すげえわ」    否定できない。    何しろとにかく出来るだけ側に居たかったのだ。  後先考えずに本能だけで突っ走った所は自覚しているが、恐らく熟慮しても同じ事を繰り返す気がする。   「……まあそんなに落ち込むな。変態とストーカーは自覚した所からがスタートだ。  ルーシーを何とか落とせればそれは正義であり純愛になる」   「ただ、自分は女性と付き合った事がなかったので、なかなかルーシーと距離を縮められないと言うか……」   「え?まさかキスもしてないとか?」    頷くと、   「お前らデートで何してんだ……」    と呆れられた。    鍛練しているのがメインと言ったらもっと呆れられた。   「ダークより酷いなおい。つってもあれはリーシャちゃんが積極的だっただけで、コイツからキスするとか死んでも無理だったと思うが」    深く頷く指揮官が、見た目のコンプレックスでぐいっといけなかったと言われて、美醜の問題は中々根深いものだと同情した。といっても人並みかちょっとましなレベルの僕から言われたくはないだろうけど。   「取りあえず鍛練を抜きにして、普通のデートを重ねろ。そうすりゃキスの1つ2つも出来るし、それ以上だって可能性はある」   「それ以上って……いやそんなっ……」    うっかり想像して頭に血がのぼってぽたぽたと鼻血が垂れた。慌ててティッシュを受け取り鼻に詰める。   「……お前はムッツリスケベの素養もあるな」   「すみません経験値がなくて……」   「いや、あの強者ルーシーを頑張って落とせ。上手く行ったら勇者と呼んでやろう」   「はい!絶対結婚します!」   「──お、おぅ、頑張れよ」    指揮官、副官に励まされ、何とか自然に鍛練抜きでのデートという事で服選びという無難なラインを考えて誘ったら、OKして貰えたのだ。     「バルゴ、キスが出来るよう僕を応援してくれ」   「ワフッ」    頬をペロペロと舐められた。    よし頑張れ自分。    
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