絵本は危険がいっぱい。

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絵本は危険がいっぱい。

「ねえルーシー?」 「どうされましたリーシャ様?」 「貴女が『これなら間違いございません』と言っていたお仕置きの件なのだけれど、なんだかダークにはちっともお仕置きになってなかったと言うか、暴走モードに入ったと言うか、とにかくえらい目にあったのだけれどむしろ私の方が」 「でしょうね、………ではなく、それはおかしいですね。あんな辱しめを受けて平気とは、旦那様も思った以上に歓喜………いえ強かでございましたね。  わたくしのせいでリーシャ様が大変な思いをされるなんて………戦略が足りませんでしたわ。流石に軍人、咄嗟の反撃力の強さは人一倍ございますのでしょう。  ご迷惑をお掛けして誠に申し訳ございません」  ルーシーが私にミルクティーを淹れて、頭を下げる。 「いえ、まぁ大変な事は大変だったけれど、ルーシーの作戦よりダークが上手(うわて)だったという事よね。  次回はこの失敗を活かして頑張らないと」 「左様でございますね。旦那様に猛省を促すため、攻めの姿勢は大切ですわ」 「んー、………でもねぇルーシー、考えてみたら、私が攻めの姿勢を貫くよりは、むしろ1日中口をきかないとかの方が、ダークにはいいお仕置きになると思ーー」 「何を仰るのですか!ああ見えても旦那様はリーシャ様専用でメンタルが弱弱ではありませんか。そんな事をされたら半日もたずにお子様の前だろうと号泣、土下座、ガチ謝罪のスリーカードですわ。  そこまでするのも父親の威厳もアレですし、見る側もウザ………余り気分の良いものではございません。適度な猛省にしておかないとリーシャ様もご面倒になるかと」 「………ええそうね。かなり機嫌直すまで時間がかかるから鬱陶………手間がかか………面倒く………愛する彼の精神的な影響を考えると、気軽には出来ないわねぇ。  でも適度な猛省と言うのが今一つ分からないのだけどその辺をもっと詳しくーー」 「そんな事よりリーシャ様、先日、カイル坊っちゃまとブレナン坊っちゃまに読み聞かせをしていた絵本ですがまさか………」 「まぁイヤだ見てたの?  そうなのよ、子供たちのために私が描いたの」  こちらの国にも当然ながら、子供に読み聞かせる童話などは売っているのだが、数も少なく何故か女の子向けが多いのだ。  それも明るく心優しい娘がが王子に見初められ、結婚して幸せに暮らしましたー、とか、淑女になるべくコツコツ一生懸命お勉強をしたら、お金持ちのカッコいい貴族と出会えて、結婚してお金に不自由なく末永く楽しく暮らしましたー、とかお前ら洗脳してないかいたいけな子供達を、という余りにもお気楽展開のストーリー。  まー男の子はヤンチャだし外で遊ぶだろ本なんか読まずに、そんなら絵本は女の子向けで良かろう、と言う気持ちは理解できるのだが、私がそうしていたように(主に妄想だが)、カイルやブレナンにだって物語を楽しむ、という事をしてほしかったのだ。  だが、まだ2歳と1歳ではマンガも小説も流石に早すぎる。  という訳で、私が男の子でも楽しめる童話を描いたのである。  主軸は桃●郎をベースに、こちらの世界でも違和感のないようにチョコチョコと設定を変えたりはしたが、ワクワクドキドキのスペシャルストーリーに、カイルもブレナンも大喜びだった。  まあブレナンが本当に喜んでいるかはちょっと分からないが、少なくともローリングで消えることもなく、使用人を乗り合い馬車のように使い引きずられて消えていく事もなく、ずーっと絵を見ながら話を聞いていたので、退屈はしなかったのだろう。 「やはりそうでございましたか!  今まで聞いたことがないお話でしたし、絵も普段見ない可愛いらしいキャラクターでしたが、色使いとかリーシャ様としか思えませんでしたもの」  ルーシーの興奮が伝わる。  いや、あれは別にルーシーの好きなBLではないのだが。 「まぁ、ルーシーには子供っぽすぎるだろうけれどね」 「とんでもありません。リーシャ様の紡ぐ話はどれもこれもわたくしのハートを鷲掴みでございます。  初っぱなの赤ん坊が樽に入って川を流されて来るところに始まり、拾った冒険者夫婦からの愛のムチで強く逞しく成長した少年が、育ての親が住む街に害をなすドラゴンを倒すために勇者として旅立つところなんて胸熱でした。  旅の先々で出会う仲間もまた、豪腕剣士だったり回復魔法の使い手だったり弓矢を持たせたら怖いものなしの可愛い合法ロリだったりと、魅力的なキャラクターばかりで。  でも、流石リーシャ様と思ったのは、ドラゴンのいる城に行くまでに7つの珠を集めないと門が開かないってところで、死ぬ思いで集めたのを門にはめ込んで、さあここからいいところだぞー、と言う所でまさかの童話界の禁じ手【続く!】で終わったところですわね」 「ごめんなさいホントごめんなさい。色々詰め込みすぎて終わらなかったのよう。  お陰でカイル達からは次はまだかと矢の催促で、もうライラが倍に増えたかのようで泣きそうなのよー」  そう、締切の辛さから逃げようとして子供たちに絵本を描いたら、より自分の首を絞める事になったという切ないオチなのである。  まるっと自損事故なので誰も責められないのがツラい。 「………まさか、まだ次が描かれていないのですか?」 「いえね、話は考えているんだけれどね、何しろ時間が………締切もあるでしょう?」 「何という事でしょう。このわたくしの続きが気になる病の発作が出ている所へのこの無体な仕打ち………ああ気になる、気になって眠れない………」  膝から崩れ落ちぷるぷる震えるルーシーに慌てて詫びる。 「私は睡眠時間を削ってもいいのだけど、ダークが一緒に寝ないと眠れないと言い出すものだから………」 「かしこまりました。旦那様へはわたくしからお話を致します。疲れが溜まらない程度のご負担で、どのくらい旦那様にご理解頂ければ宜しいですか?」 「そうね、まあ一週間もあれば………でも大丈夫なの?ダークはアレでなかなか譲らないわよ」 「後日、少々リーシャ様が甘やかして差し上げれば宜しいかと。わたくし考えがございますので、旦那様の了承を得られたらご協力お願い申し上げます」 「………若干不安がよぎるけど、背に腹は代えられないわね。私だとダークに強く言えないし、カイル達の責めるような視線にも段々心が折れそうになってたし。お願いねルーシー」 「お任せ下さいませ」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「お?どうしたルーシー」 「旦那様折り入ってご相談が」  仕事から戻って来たダークが、屋敷に入ろうとする前にルーシーに呼び止められた。  ルーシーがヒソヒソと囁く。 「ええ?カイル達が待ってるのは分かるが、リーシャと眠れないのは困る。イヤだ」 「勿論お気持ちは重々承知しております。そこで少しの間だけ我慢頂く旦那様のためにサプライズがございます」 「………何だサプライズとは」 「リーシャ様の世界でかなり有名な新婚夫婦の風習………いえ、まぁこれ以上はちょっと言いづらいですわね。嫌がる旦那様に無理を言うのもアレですし………」 「………話の内容によっては考えてやらない事もないぞ」 「左様でございますか………旦那様は、『裸エプロン』と言うのをご存知でございますか?」 「っっ!………いや、知らんが………まさかそれは………?」 「言葉の通り、真っ裸で着るのはエプロンのみ。そして、帰ってきた旦那様にモジモジしながら尋ねるのです。『お風呂にします?お食事にします?それともワ・タ・シ?』」 「………何だとっ!!」 「これをリーシャ様がやった場合の破壊力たるや、想像を絶する女神降臨度かと思われます」 「ああ、今想像だけでもかなりヤバいな………しかしリーシャが承知するとは思えないんだが………」 「そこはわたくしにお任せ下さいませ。  その代わり………」 「………分かった。本当に任せたぞ、任せたからなルーシー!信用してるからな!」 「かしこまりました」  鼻歌まじりで屋敷に入っていくダークをルーシーは深く頭を下げて見送るのだった。
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