夏のイベント。

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夏のイベント。

 バーベキュー用の網焼き台や、肉や野菜を串に刺したもの、焼きそばセット、食後にオプションでかき氷などをホテル側に頼んで事前に一通り用意して貰った。  ホテルの敷地内のビーチでみんなでバーベキューである。  屋外で食事をするのが初めてなカイルとブレナンは、肉の串が焼けては 「うおー」 「うお」  バーナーの火がごおおおっと肉の脂で大きくなっては 「おー」 「おー」  と喜んでおり、拍手をしている。  ダーク達がせっせと焼いてくれるので、私が調理用ハサミで焼いた牛肉、豚肉、鳥肉に、野菜等を小さく切って、ホテル謹製焼き肉のタレをちょいと付けて子供たちに食べさせる。 「うまー」 「うまー」  と美味しそうに食べては謎の踊りを二人で踊っている。口に手を当ててあばばばばしている。なんか日本でも子供の時に見たような。 「ねぇその踊りなーに?」  聞いてみると、どうやらアレックが子供の時にジャングルごっことか言う遊びで豊作だか狩りの成果を祝う踊りとして考案したと言う。どこの世界でもいるのねこう言う事を考える子というのは。 「ママが小さい時にも似たような遊びがあったわー」  と懐かしくなって呟く。 「え?どんなの?」  カイルが聞くので、 「知りたい?」  とニヤリと笑う。ブレナンもコクコク頷くので、ふんばば踊りを教えてあげた。  なんのことはない、うらめしや~みたいなポーズで、 「ふんばばふんばば♪ふんばばふんばば♪」  と歌いながらただ輪になって踊るだけである。  前世で小学生時代に何かあれば友達とこれを踊って大笑いしていたのだが、何がそんなに面白かったのか今ではよく覚えていない。  しかし、 「ふんばばふんばば♪ふんばばふんばば♪」  と回っている子供たちを見てると可愛らしくて、つい自分も 「ふんばばふんばば♪ふんばばふんばば♪」  と輪に混ざって踊る。 「リーシャ様、一体何ですかその踊りは」  とルーシーが珍しく笑いながら聞いてきたので、こそっと「前世の遊びよ」と囁いた。 「ルーシーも一緒に踊りましょ。ふんばばふんばば♪ふんばばふんばば♪」  無理矢理混ざらせて4人で楽しくぐるぐるしていると、ダークとアレックが焼きそばを持ってやって来た。 「わー、焼きそばよー!ふんばばふんばば♪ふんばばふんばば♪」 「わーい、ふんばばふんばば♪」 「………何をしてるんだリーシャ?」 「なんか楽しそうですね。俺も~!ふんばばふんばば♪ふんばばふんばば♪」  ダークもアレックも巻き込んで暫くふんばば祭りは続いた。  なんか、こういう何でもない事でも楽しくなれるのが幸せと言うものなんじゃないかしらねー、と私は思っていたが、ダークがふと、 「………幸せだな………」  と呟いたので、投げキスをしておいた。  ツーと言わずともカー。流石は私の愛するダーリンである。  そして、楽しい海水浴を終えた私たちは、次の日、列車に乗って我が家へ戻ったのだった。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「………ふぅ」  海水浴から戻って数日。  溜まっていたマンガと小説の原稿も思ったより早く終わり、数日はのんびり過ごせるぞ~、とご機嫌になった私だったが、海水浴の後からどうしても頭を離れない事があり、だらぁん、としてるとついまたその事を考えてしまう。  屋敷に戻っても未だブームが続いてるようで、ふんばば踊りをマカランやサリー、アーネストに布教しては一緒に庭で「ふんばばふんばば♪」とやっている我が子たちを窓からぼんやりと眺めながら、何度目かのため息をついていると、 「リーシャ様、どうされたんですかため息ばかりつかれて。何かご心配なことでも?」  ルーシーがアイスカフェオレを運んでやって来た。 「いえ、心配って言うのじゃなくてね………心残りと言うか何と言うか………」  夏のイベントである海水浴。  楽しかった。  そして、それでつい思い出してしまったのだ。  私の、一番の楽しみだった夏のイベントを。 「………同人誌の即売会、でございますか?」 「そうなの。ほら、私は前世でもマンガを描いていたでしょう?  それは今のように仕事ではなくて、まあ単なる趣味と言うか、そういう同好の士との集いのためというか、要はそういう即売会の度に新しく本を作って売ったりしていたのよ。  特に夏と冬はね、それはそれは大きなイベントが開催されててね、マンガのキャラクターのコスプレ………同じ衣装を自分で縫って着てる人がいたり、お目当ての本を買いたくて早朝から大勢の人が列を作ったり、待ってるうちに余りの暑さに倒れる人や寒さで冬眠したまま永眠しそうになる人が沢山出るような恐ろしくも盛大なものだったのよ。  まあその分マンガを描いたり小説を書いてる人達も、その盛大なイベントに合わせる為に徹夜も厭わずに頑張るの」 「………永眠………それは、楽しいのでございますか」 「楽しいのよ!!苦行の果てに作った本を買ってくれるお客さんに会えたり、望んだ本を手に入れて、自宅に戻って読み耽る悦びとかね」 「なるほど。その辺はとても理解できます」 「………夏の代表的なイベントである海水浴をこなしてしまったら、個人的なメインイベントだったそれがこの国に無いことが思い出されて、ちょっと切なくなっただけなのよ」  まあ、気分的には常時締め切りに追われているので、毎日が即売会みたいなものと言ってしまえばそれまでなのだが、買う楽しみや売る楽しみがある訳じゃない。  それが何となく私を物足りない気持ちにさせるのだ。 「………では、やりましょうこの国でも」  ルーシーが何でもないように言った。 「え?」 「出版元で先日ライラと話をしていたのですが、彼女は、 『出せる月刊誌などは数が決まってるので、才能がありそうな持ち込みの原稿も全て載せられる訳じゃないのが最近の悩みなんですよねぇ』  と残念そうな様子でございました。  自費出版という事であれば、少々お金はかかりますが、世間の方々に自分の作品をアピール出来ますし、売れれば元は取れるわけですから出品者もいるでしょうし、印刷所などはイベント特別料金として割引しても、希望者からどーんと仕事が入ればウハウハでしょうから商売になると思われますが如何でしょうか?」 「………いいわね。それ、ライラに相談できるかしら?」 「明後日の晩に本社ビルの屋上のビヤガーデンで是非とも一度接待させて下さい!、とお誘い頂いてますので、その時にでも相談致しましょう。恐らく食いつきますわ」 「ビヤガーデン………枝豆とビールとか惹かれるわね。貴女意外と楽しい覆面作家生活よね。ちょっと羨ましいわ。  なんなら私も一冊書くわよ?小説かマンガ。第一回即売会記念!とかで。  夏場はバテるから仕事元々少な目にしてもらってるし、時間はあるものね」 「それなら間違いなく編集長の決裁印が速攻で押されると思われます。既にあの出版元の売上げの半分はイザベラ=ハンコックとルージュが叩き出しておりますし」 「あらそうなの?それならたまにはこういうおねだりをしてもいいわよね」 「ルーシーにお任せ下さいませ」  もしかしたらあの夏が再び………。  ヲタ道を決定づけた私の青春がまた体験できるかも、と思うだけで私の胸は否応なしに高鳴るのだった。
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