即売会まであと少し。

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即売会まであと少し。

【ダーク視点】  妻の前世で定期的に開催されていたという、『即売会』なる同人誌を売るイベントが行われることになった為、リーシャはまた忙しくなった。  俺は、リーシャが幸せそうでとても嬉しい。  嬉しい。うん。  嬉しいのだが、絵を描くのと小説を書く作業は子供が眠ってからすることが多いので、当然ながら俺が風呂に入ってベッドに入る頃も、図書室にルーシーやサリーとこもり、修羅場と言う戦いに入ってしまうのが少しだけ寂しい。  喉が渇いて水を飲みに行く際に図書室の前を通ったが、 「ルーシー、貴女なんで色んな事同時に器用にこなすくせにベタははみ出るのよ。黒の髪の毛はツヤが命なのよ!!修正してちょうだい」 「申し訳ございません!視界が一瞬消えて手元が疎かになりました!すぐ直します」 「私だってダークの隣でとっとと寝たいのよ!誰が仕事取ってきたと思ってるの。あと2ページでで今夜のノルマは終わるから頑張るのよ!」 「………リーシャ様、先程から同じコマでお手が止まっております。私がベッドサイドのペン入れが出来ませんわ」 「ひいぃぃぃぃっ!呪いよ、これは呪いなんだわ。時を食べる妖怪が私の貴重な時間を泥棒してるのよぅぅぅ」 「リーシャ様、急ぎませんと眠りの粉をばら蒔く妖精も現れますわ。ここは例の薬草ドリンクをさあ!」 「分かってるわよっ………………ぐあぁぁっ苦いっ!苦すぎて睡魔も飛ぶけど意識も飛びそうよサリー!!」 「我が家の秘伝レシピでございます。健康にはとても良いのです!」 「………リーシャ様わたくし覚醒致しました!!今なら綺麗なベタが仕上がるよ、とこちらの小さい方が保証して下さいました」 「覚醒してないじゃないのよ!しっかりしてルーシー!」  本当に修羅場だった。  あの素晴らしい繊細な絵がこのような壮絶な現場で描かれていると誰が思おう。  他のマンガ家諸兄もきっと即売会の為に大変な思いをしているに違いない。  真夜中をかなり過ぎてから寝室に戻ってくるリーシャは、ベッドで寝た振りをしている俺の横に潜り込み、 「ああダークの匂い落ち着くー。好きー大好きーあいして、るー………」  とぐりぐりと顔を背中に押しつけると、数分で夢の世界に行ってしまう。  リーシャが眠ったのを確認してから俺は向きを変え、そっと抱き締めると、 「今日もお疲れ様。俺も愛してるよ」  と頭を撫でながら眠る。  絶対にリーシャは寝不足だと思うのだが、起きると既にリーシャは俺の弁当の準備をして、子供のオムツを変え、鍛練を済ませてシャワーを浴び降りてくる俺に、キラキラと眩しい笑顔でおはようと挨拶するのだ。  朝食の時にいつも心配になって、 「無理はするなよ」  と注意するのだが、 「大丈夫よー好きでやってることだから」  といつものように返し、カイルとブレナンの食事の世話をする。  俺の奥さんは、本当に俺には勿体ないほどよく出来た女性である。 ※   ※   ※ 「………本当に抽選になるほど申し込みが来たのね」 「そのようでございますね。隠れマンガ家様と小説家を舐めていたとライラが申しておりました」  休日で子供と遊びながら寛いでいた俺に、そんな話が耳に入った。 「なあリーシャ、今回、グランドホールにどのぐらい参加者がいるんだ?」 「300テーブルですって」 「え、そんなにか!」  精々100位だと思っていたのに。 「………当日はこみ合いそうだな」  俺が呟くと、リーシャが頷き、 「夜明けには支度して出るつもりで居ないとダメよねえ」  と軽くため息をついた。 「………ん?リーシャ、お前も行くのか?混雑凄そうだし、気になるのがあれば言ってくれれば俺が代わりに買ってくるぞ?」 「無理よ、目ぼしいのは片っ端から買うつもりだもの。私とルーシーはキャリー持参で参戦よ。  早くから並んで、待ち時間に訪問ルートを作成、会場後いかにお目当てを確実にゲットして、速やかに帰宅出来るかまでが即売会の戦いなのよ」  はい3日後に発売予定のガイド、とリーシャが渡してくれたのは、会場の中にテーブル配置のマス目があり、数字が書かれ、次のページからはそのマップの数字のところに参加する人たちが絵を載せており、数行だがどんな作品を出すのかが書かれているものであった。  パラパラとめくると、面白そうな冒険マンガなどもあり、興味深い。 「なるほど。薄い本系や格闘系、少年少女系など色々とゾーンが分かれているのだな」 「そうなのよ。だからね、目的地にいかに効率的に進めるかがポイントなの。ダークも私の本だけじゃなくて、興味がありそうなものも読んでみて欲しいわ。マンガや小説って大人でもそれだけの価値があると私は思うのよ!」  ああ、誰よりも美しい顔をより紅潮させつつ、瞳を潤ませ熱弁するリーシャが可愛すぎる。  リーシャのお陰で毎日が楽しくて幸せだ。勿論子供たちだって愛してるが、俺の一番はやっぱりリーシャが独走なのだ。 「………おう。じゃ入るまでは一緒に並んで、時間を決めて後で合流するというのでいいか?」 「ええ。もし購入した本が多かったら、帰り少し助けてね」 「ああ、任せろ」  俺たちはマップを広げながら、ここから攻めるのが良かろうとか出口付近は後回しで中央のプロマンガ家ゾーンのオリジナル作品は外せない、などと相談を交わした。  俺は、この『第一回ウキウキ即売会カタログ』なるものが刷り数がそれほど多くないため店頭予告のみで販売すると聞き、翌日ヒューイにコッソリと発売日を耳打ちしておいた。  有休の先取りの詫びもかねてだが、思った以上に喜んでくれた。  奥さんのミランダと行くそうで、二冊買って当日のための作戦を練ると言う。 「ん?一冊あれば良くないか?」 「ほら、イザベラ=ハンコックの本もそうだけどさ、別のお気に入りのマンガ家がな、男女のちょっとエロ、いやかなりエロいマンガも出すらしいから、気になっててよ。今回そういう作品も結構あるらしいからな」 「………本当か?」 「チチもアソコもフル描写みたいだぞ。気になるだろそりゃ。商業誌では無理だからな流石に」 「………そうだろうな」 「ミランダにバレないようにチェックしてこっそり買い込もうと狙ってんだ。だから二冊なの」 「なるほどな」  いかん。あの時はリーシャたちと一緒に見ていたので、そんなハレンチな物の方はなるべく視界に入れないようにしていたが、まさかのフル描写とは。  男としては気になる感情が沸々と沸き上がるのは致し方ない。  帰ったらもう一度よく熟読せねばなるまい、俺は心にメモをした。
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