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「頼む、教えてくれ。もう、こんなこともしたくないんだ」
もう一本の釘を、もう片方の足に打ち込む。
若干涙声になってしまった。こんなやつにこんな情けない面を見せるのは悔しいが、手に残る感触、血の匂い、男の涼しい顔を見ていると、気が狂いそうだった。
「九十八」
「え?」
妙な数字を呟いたあと、男は黙った。その顔は、いまにも口笛を吹きそうなほど、楽しそうだった。
男に次の言葉を発する気配がないため、俺は次の釘を打ち込む。今度は、ふくらはぎに。
「九十九」
「……そんな意味不明な数字を言ってないで、娘の居場所を吐け!」
脛に、釘を打ち込む。何か硬いものに釘が当たる感触があった。骨だろうか。
そんなことを考えていると、男は、高らかに笑い出した。
「百!」
「……なんのカウントダウンだ?」
「釘の数ですよ。ちょうど、いまので百本目」
男は脛に突き刺さった釘に目をやる。赤い液体が脛を伝って男の足首まで流れてきていた。
「百本記念に、教えてあげますよ」
「え?」
待ち望んでいたことなのに、男の言葉が瞬時に理解できず、間抜けな声を出してしまった。
頭が男の言葉を理解するのに数秒。そして、やっと理解したときには男の肩を両手で力強く揺さぶっていた。
「どこだ! 娘はどこにいるんだ!?」
「僕の胃の中です」
またしても、男の言葉が理解できなかった。数秒経っても、すとんと自分の中に落ちてくるものはなかった。
いま、この男は何と言ったんだ?
「人間って、まずいって聞いてたんですけど、まぁ食べられなくはないです。赤ちゃんだったからお肉も柔らかくて、骨付きチキンみたいに食べられましたよ」
いなくなった娘を思い出す。やっとあちこち動き回れるようになって、小さい身体でちょこちょこと家の中を探検していた。ハサミやアイロンなど、危険なものに触れないように注意し、転倒したときにはすぐに抱き起こして、身体に怪我がないか確認したものだ。泣きながら俺の胸に顔を埋めて、小さな手で俺の服を握る。
骨付きチキンみたいに食べられましたよーー。
俺と男しかいない部屋に、俺の慟哭が響いた。
突きあげる衝動のまま、釘を一本手に取り、男の額に当てる。大きく鉄鎚を振り上げた。
眩む視界の中で、微笑む男の顔は、やけに鮮明だったーー。
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