逢嘉祢の章

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 奉行所からの道すがら、逢嘉祢は木陰に男との逢瀬に頬を染める女を見た。  それは、此処までどの町でも見掛けるような光景だった。  年齢の大差ない娘たちが色恋沙汰に一喜一憂している様は一体自分と何が違うのだろう。  仇討ちに身を捧ぐのが武家の女の定め?  ──知らない、そんなもの。  父の仇としてでなく。  私の愛しい人としてでもなく。  こんな風にしか私の心を縛ってくれない義之助様なんて。  いっその事私に斬られてしまえばいいんだ。  ──なんて。  そんな事は無理に決まっている。  剣の腕の話ではない。  例え義之助様が微動だにしなくても、私はきっと義之助様を斬れない。  ならば私こそが斬られて、全て終わりになればいい。  それで義之助様の心が私で縛られてくれるのならば。それこそが本懐だ。  逢嘉祢は又ひとつ溜息を飲み込んで、手を引く徒治丸に話し掛けた。 「姉はちと立ち寄る所があります。徒治丸、ここで暫し待っていなさい」  徒治丸は黙って頷くと、路端にしゃがみ込んで、早速草や虫などに心を奪われた。  逢嘉祢は幾度と振り返りながら徒治丸の様子を見守り、やがて縄暖簾をくぐる。  あの爺、自分ばかりが情報を集めていると考えているみたいだけど、あんな爺に聞こえる風聞、私の耳に届かないとでも思っているのか。 「ここに、カンザと呼ばれる者が居ると聞いて来たのですが──」
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