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義之助の章
義之助は奉行所に出頭したのち、馴染みの居酒屋に足を運んだ。
これにより、この店には馬鞍戸、逢嘉祢、義之助の三名が入れ替わり立ち替わり来たことになるが、誰が誰ともかち合わなかったのは運命的、もしくは過ぎた悪戯としか言い様がない。
義之助は、いつもの席に勘佐を見付けると、黙って向かいに座った。
「伊丹の銘酒なんて呑んでいる所を見ると、今宵は仕事か?」
「ふん。そう言うお前は辛気臭い顔をしている。気の進まない仕事でも入ったか」
二人は身分を捨てた根なし草。共に腕に覚えがあるから、雨が天から降ってくるのと同じくらい当たり前のように用心棒になった。
二人が『仕事』と言えば、それ即ち人を斬る、という事になる。
「いや、俺は野暮用だ」
ふうむ、と気があるのかないのか、勘佐は頷いて、義之助に徳利を勧める。
義之助はそれを手で制して、女中に「俺も酒を」と告げた。
義之助と親しくするこの勘佐と、馬鞍戸が探していた奸斬は無論、同一人物である。
恰幅の良い女中は、表向きただの酒場の女中だが、脛に傷を持つここの客たちの繋ぎ役、言わば窓口のような事をするという裏の顔を持つ。
名の善悪は差し置いて、高名な勘佐に会いに来る人間は後を絶たない。
そこで、女中はその名を表す字にて、用向きを聞き分けているのだ。
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