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辻を曲がってすぐにある安旅籠に、転がるかのように飛び込んだ男。それを迎えた女が溜息混じりに窘める。
「馬鞍戸、なんですかみっともない」
「逢嘉祢様……。今、しばらく……茶なぞを……」
若く、身分卑しからぬ風貌の女は、口の端から茶をこぼしては、時折むせ返る男を横目にやれやれ、と首を振る。
「あまり騒がしいと徒治丸が起きてしまいます。ようやく熱も落ち着いたというのに」
女はそう言いながら傍らに寝息を立てる幼き男子の髪を撫でる。
そんな微笑ましくある姿を、恨めしさを含んだ目で見る男は、その風体を一層卑しくみせた。
男はきつく女を見据えて、気概を吐き出した。
「ついに、ついに義之助の所在、突き止めましたぞ!」
「左様ですか……」
小声で答える逢嘉祢に、馬鞍戸は思わず立ち上がり声を荒げたくなる衝動にかられたが、それをすんでのところで堪え、かわりにくるりと踵を返した。
「どちらへ?」
「腕の立つ用心棒の風聞を耳にしました故、助っ人の依頼に行って参ります」
「忙しないこと」
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