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「──こちらに、“カンザ”と呼ばれる者がいると聞いてきたのだが」
馬鞍戸が縄暖簾をくぐるなりそうがなり立てると、店の中の者は一斉に入り口の馬鞍戸の方を見やる。
奥で客の一人と世間話を弾ませていた恰幅のいい女中が、やれやれ、と立ち上がって馬鞍戸の方へと歩み寄る。
「なんだい、藪から棒に。ここは出会い茶屋じゃないんだよ」
「ああ、すまない。では茶を一杯」
「爺さん、耳遠いのかい? ここは茶屋じゃないって言っているだろう」
遣り取りもまだるこしく、馬鞍戸は懐から銭の入った袋を取り出して、女中に全て押し付けた。
「これでここに居る全員に酒を振る舞ってくれ」
ぶっきらぼうに言い放つ馬鞍戸とは裏腹に、十程居た客たちからは喚声があがった。
えびす顔で踵を返す女中の腕を、馬鞍戸はさっと掴み、それはないだろうと目を鋭くする。
「人を探して居るのだ」
「爺さん、字は書けるかい?」
「愚弄しているのか」
「いやいや、うちのお客さんに“カンザ”は三人居るんだよ。どのカンザさんなんだかねぇ」
どこか呑気な女中に、馬鞍戸はあからさまな不満顔を示す。
「女に干すと書いて奸。それを斬るで奸斬。奸物を斬る者と聞いておる」
「ああ、“仏の奸斬”さんね。なら丁度いい、今来てるよ。──一番奥に居るのがそうさね」
かたじけない、と心にも無い言葉を一応告げ、馬鞍戸は一歩、また一歩と店の奥へと進んだ。
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