効果

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思うままにノートへ言葉を連ねた結果、文章はめちゃくちゃだが、意外にも胸の奥はすっきりした。 「少しは楽になったかしら? ちょっと顔色いいわよ」 「俺、死んだような顔してた?」 「まあね。 ――あ、いらっしゃいませー」 カランカランと、新しい客を知らせる店のドアの音が鳴り、ミドリは入口へと向かった。俺は残り酒を楽しもうとグラスを傾けた。 新しい出会いしかないと思っていた俺の考えは、ミドリの言葉で一転した。もし、再会できるのならばもう一度、話をしたいと願った。完全に諦めたらそこで終了だ。会える確率はほぼ低いのだが、畔が死んでいない限りはゼロではない。 「あら? ご新規さん? お名前は何て言うの?」 「海斗っていいます。日本海の海に、北斗七星の斗で、海斗」  新規という単語に、興味を持ち聞き耳を立てていると、その客の名前にドキリとした。畔と同じ名前。何処にでもありそうな名前だが、先程までその人物のことを話していたので思わず反応してしまった。いやいや、そんな偶然あるわけない、と思いつつ胸の奥底で一縷の期待の顔を覗かせつつ、ミドリがいる方へと視線を向けた。 「く、くろっ?!」  立ち上がるほど吃驚した。店に響く程の大きな声を出してしまった。早々に七夕ノートの効果なのか。俺、ひょっとしたら生涯分の運を使ってしまったのだろうか。 いや、そんなはずはない。地元から結構離れているこの街にいるわけがない。でも、十年経っても変わらない、その可愛らしい容姿は、まさしく噂をしていた畔海斗。そんな畔がミドリの隣にいる。驚きと嬉しさから鼓動が早まる。 「え? はい、そうですが……どちら様ですか?」 「――っ」  嬉しかった気持ちは一瞬に消え、今度は不安で胸が締め付けられた。畔は、俺のことが分からないらしい。 「あ、いや……知り合いに似ていたもので、大きな声出してすみません。良かったら隣どうですか?」 「いいんですか? ありがとうございます!」  店の入口付近で足止めをさせてしまい申し訳ないと、さりげなく自分の横に座らせミドリへと注文を促せた。畔の注文を聞くミドリと目が合い、口パクで、例の彼かと質問をされた。俺の反応を見てそう思ったのだろう。コクリと頷いて答えると、軽く口笛を吹いて嬉しそうにカウンター奥へと戻るミドリだった。 俺も新しい酒を注文し、互いにグラスが届くと、カランと小さな音を立て乾杯をした。 「お知り合いの方も『クロ』って言うんですよね、黒木とか? 黒沢とか?」 「あー、いや、一文字なんだ。田んぼの田に、半分の半。それ一文字で、畔」  しまった。畔の名字の漢字を当てられる人なんて、ほぼいない。ここは誤魔化した方が良かったのだろう。  ちらりと横目で畔を見ると嬉しそうに笑みを浮かべていた。 「同じ名字の人に、出会えたの初めてだ! 何かすっごく嬉しい!」 「ははっ。俺じゃないけどな、知り合いな」 「それでも嬉しいですよ! 昔の友人に出会えたぐらいの嬉しさっす」  昔の友人に出会えたぐらい、ということはまだ俺のことが分からないみたいだ。 人懐こい笑顔は昔と変わらないと思った。すぐに俺は畔と気づいたのに、何故気づいてくれないのか。思い出したくもないのだろうか。そんな嫉妬じみた思いを胸の奥に隠しながら、しばし二人で酒を楽しんだ。
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