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転機
翌日。地元の小さな公園にて畔を待った。夏休みということもあり、親子や小さな子供たちの遊び声が色んな所から聞こえる。熱い日差しが肌に刺さる。ベンチに座り、公園内ではなく道路ばかり見て行き交う一の流れの中で畔を探した。
電話口の声は、緊張して固かったと思う。畔もそれを感じとったのだろう、いつもの明るい声ではなく、真面目で少し低い声で、わかった、と返事をくれた。
遠距離恋愛になるのかな。学生の恋愛で出来ることなんて、お互いを信じてまたいつか会える日を望むことぐらいだ。いや、違う。そもそも付き合ってない。付き合いたいと言うところから言わなくちゃ。遠距離恋愛になるけど、畔はそれを許してくれるだろうか。きっと、畔ならいいよって言ってくれるだろう。昨日、自分の気持ちに気づいたばかりの俺にとっては、どうしたらいいのか少し戸惑っていた。恋というのは思考を鈍らせる。
ピピピ、と携帯の着信があった。ディスプレイには畔の名前があり、すぐに通話にした。
「あ、先輩? 遅くなってごめん。もう少ししたら着きます。……あ、先輩の姿みっけ」
走っているのだろう、畔の声は息遣いが荒く、駆け付けてくれているのが凄く嬉しかった。辺りを見回すと電話しながら此方へ向かってくる畔の姿が確認できた。その姿に手を振ると、道路の向かい側で歩みを止め畔は手を振り返してくれた。
――プッ、プーッ
突如、畔の姿はトラックに消され、トラックの警戒音で二人の通話は掻き消された。
「く、畔っっ!」
鈍い耳障りなブレーキ音が現場に響きながら畔の姿はトラックに吹っ飛ばされ地面へと打ち付けられた。テレビで見かけるような事故の実験でマネキンが吹っ飛ぶ、アレ。それが目の前で再生された。吹っ飛んだのは無表情なマネキンじゃなくて今まで電話をしていた畔。すぐさま畔が打ち付けられた場所へと駆けつけた。周りからは子供や親たちの悲鳴が聞こえる。ぐたりとした様子で血を流している畔を抱き抱え、頬を叩き畔の様子を窺った。
「おい、畔っ! 返事しろっ! 今、救急車呼ぶから!」
手に持っていた携帯は畔との通話のままだった。すぐに切って救急車を呼ぼうとしたが、手が震えて動かなかった。俺の手だろ、動いてくれよ、早くしないと畔が……
腕を掴まれ吃驚して肩を震わせた。腕を掴んだのは腕の中にいる畔だった。
「ねえ、話……なんだったの?」
「今はどうでもいいだろ、そんな話っ、もう喋るなっ」
「よくない……先輩、からの初めての、誘いなんだもん……今、聞きたい」
そこで気づいた。今まで何かある時は畔が側に来てくれたり、誘ってくれたりしていた。俺からの誘いは今回が初めてだった。畔の優しさに甘えていたのだと、今、気づいた。だからこそ、畔は気になったのだろう。震える手で畔を抱き締める。
「俺、転校することになった。そしたら、俺、お前が好きなんだって気づいた」
「はは、何それ……マジで? ……ここで死んだら俺、幸せかも」
「はぁ? 何、言って……」
「こうやって晴先輩の腕の中で死ねたら、幸せ」
こんな時に言う話じゃない。一生の別れのようじゃないか。冗談でも嫌だぞ。傷まみれになりつつも畔の嬉しそうに笑う顔が余計に辛い。ギュッと胸を握り潰されたかのように苦しくうまく息が出来なかった。
周りにいた人たちが救急車は自分達が呼んだからと言い、皆で畔を安全な場所へと連れていった。救急車が来るまでの間、畔の手をずっと握っていた。
「俺が死んでも、このまま先輩の記憶に俺が残るなら嬉しいな」
それが畔の最後の言葉だった。畔は到着した救急車にすぐに運ばれていき、トラックの運転手はわき見運転ということで警察に連行されていった。
誰も居なくなった場所で、俺はしばらく立ち止まっていた。
先程の騒ぎがあったことすら分からないほど周りは平然と日常に戻っていった。だが、俺の日常は失った。畔がいない。あの温もりも、もう感じられない。
蝉が煩い。じりじりと焼ける日差しは体温を上昇させているのだろうが、体感的は酷く寒かった。畔の血がついた掌を握った。その生暖かさは先程まで畔がいた証拠。
自分の気持ちに気付かなければこんなことにはならなかったのに、ここに呼ばなければ畔がこんな目に合わなくても良かったのに。全ては……そう、自分が悪い。
「――……っっ!」
周りなんて気にせず、地面に膝をついて泣き崩れた。声にならない悲痛が俺を襲った。
あの後、畔がどうなったかは知らない。連絡をすることができなかった。怖かった。
畔の気持ちを一方的に無視して、女子避けに畔を利用して、呼び出して事故に遭わせた。いや、それでなくとも転校というきっかけがなければ、俺自身の気持ちに気づかず、ずっと畔を苦しめていただろう。そんな酷い奴からの連絡が来ても嬉しくないはずだ。それに、畔だって連絡先は知っているはずだ。連絡がない、と言うことはつまりそういうことだろう。
俺は逃げた。
辛いあの事故の場面だけを思い出さないようにと過去はあの街に置いてきた。
でも、完全に忘れることは出来なかった。意識すればするほど、覚えているもので。幸せだった記憶、事故の記憶、それは誰と付き合おうとしてもふとしたきっかけで脳裏に浮かぶことがあった。だから今まで付き合っていた女子の顔や名前は忘れているというのに、付き合ってもない友達の畔については、顔も名前も忘れられなかった。それはつまり本気で好きだったと気づかされた。
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