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きっかけ
「――知らなかったわ、アンタにそんな過去があっただなんて」
ミドリは困ったような笑みを浮かべていた。酒の勢いに任せ、自分の思いを吐露してみたはいいが、困らせるつもりはなかったと苦笑いを零した。空のグラスを差し出し追加を頼むと、ミドリは新しく酒を作りながら提案をした。
「新しい恋が出来ないなら、やり直しってのもアリじゃない?」
「あー……いや、そもそも畔が今何処にいるか知らないし」
「ふふ。それは『七夕ノート』よ」
美しい所作でカクテルを作るミドリの提案は、恋人を新しく見つけるのではなく再度、畔とやり直すというものだった。そして、それには七夕ノートが欠かせないというらしい。
店のイベントの一種だった。この界隈、合縁奇縁の世界。会って会話をする他にも何か縁を紡げないかとミドリが考えたものだった。
主に飲食の感想や次回の来訪予定を書き示すことに使用されているが、時折、一度きりの逢瀬で忘れられない相手へ自身の連絡先を添えその相手に対する気持ちを吐露する時にも用いられている。書き込みに対しての返信も割かし多く再会を願う利用者が後を絶たない。いつしかコミュニケーションノートとは言わず、各々の願いを書く七夕ノートと呼ばれるようになった。
「――用途は分かったけど、どうやって書くの? ……って、何これ」
奇跡に近いけれど、これで畔との繋がりが再び結ぶならと思い、ミドリに聞いてみた。ページをパラパラと捲ると様々な利用者が書いた様々な意見が書かれていた。
・あの人ともう一度会えますように
・また、この店に来られますように
・金持ちになってアイツを養いたい
人の願いは様々で見ていて面白かった。時折、『彼と再び会えました、このノートに感謝』や『あの時言えなかったこと、もう一度言えることができた』など再会できたのであろう人々の書き込みがあり、『迷っているなら書いてみて。行動を起こさないと何も変わらないよ』などの励ましの言葉などもあった。
「面白いでしょ。書き方は……そうね。自分の名前と、相手と自分だけが分かる想い出の出来事を書くの。名前は偽名が多いし、キーワードをいくつか書いて、相手を強く想って、あとは好きに書いちゃって!」
素性を明かさずに遊び感覚で飲みに来ている奴も少なからずいる。そんな中で再会を求めるのは、ホントに相手が好きで情熱的なのだろう。どれだけ自分の証を残し、気づいてもらいたいか熱意が伝わる。
新しい恋に進められない、過去の恋も忘れられない。足踏み状態のままだ。やり直す、という手段は思いつかなかった。会えるわけないと思っていたからだ。もし、会えるのならば、それもありなのかもしれない。でも、俺は畔に会ったら何て言いたいのだろう。
自分の気持ちを整理する為にもペンを取った。
――畔へ
あれから十年。君は何処にいるだろうか。元気にしているかな。
あの時、事故に合った君は今生きていると信じたい。
連絡しなかったのは、俺が臆病だから。
君に甘えて、君の気持ちを無視して、一緒に居たあの頃、今思い返すと楽しく幸せな日々だった。もう少し、自分の気持ちに素直になっていたら、あんなことにはならなかったのかな、なんて思うよ。
君の真っ直ぐな気持ちが羨ましかった。
もし生きているならば、もう一度君に会いたい。ただ単に、もう一度話がしたい。他愛もない話を。願わくば、君に、今度はしっかりと好きだと言いたい。
晴より――
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