花見日和

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桜子は酔っていた。妖艷な桃色を見に行こう、と茶化した台詞で友人らに声をかけ、皆で何本ずつか持ち寄った酒を、ビニールシートによいしょと腰をおろした最初の頃は周りを慮って開けていたものの、酔いが回ってこれば多くの酒瓶を豪快に開け、それまた早くに空けた。誘われた私の分の筈の酒は、そのうちのものである。 一方、彼女の存ぜぬ所であるけれど、酔いがますます艶やかにさせた腰丈までの彼女の長い金髪に、ひらひらと枝を離れた桜の羽が降り立っていて、見ると、その毛色はこの頭の上で囀ずりなっていた際のよりもぐっと可愛らしい桜色をして、ふわふわと寝転んでいたので、どうにも私はそれを除ける気になれず、かなりの間、私は、豊満な花びらを備えた桜の木々には目を向けず、目下の髪上の羽の寝顔を見ていた。まるで子猫が柔らかい体を擦り付けている様子に、心で起こる微笑みはどうしようもない。少したてば、私は、女主人の髪で遊ぶ、どうにか構ってほしい猫みたいだとその様子を捉えていた。羽の体が、髪束にいくらか取り込まれた状況になったからである。 私らが花見を行うのは、どこからともなくやって来て泳ぐ鴨などが売りの、花床川である。三月上旬、この川は、春の桜の華やかな着物を羽織って、感動を囀ずりに来る。私の感性で表すならば、自然の非日常というところだ。 今年は不思議なもので、例年より小ぢんまりと花を咲かしているように見える。散り消えるのに意味があると言ってるような、この時期は鬱陶しくて、我らが佇むのなんて早く区切って終えたいと人間に申しつけているような。桜の幹は色んな表情を花に移して見せれど笑んだ様子の花弁は見当たらず、ほほとも笑っていないのであった。しかしながら、それは私の心持ちであったかもしれない。 桜の木はこう大成するべき、という理想論がやはり私にもあって、誰かの耳を貸してもらおうとは感じないのだけれど、もし私の望むままに花を開かしてくれるというのなら、幹の大層回った太さにも後になって目がいくというような、川を越えて伸びた枝にではなく、その先に乗せられた花に注意が惹き付けられてしまうような、他の何物にも己の世界を遣らせてもらえぬ、そういった桜が欲しい。 これを人に語ってみれば、誰しもにその感性は珍妙だと返され、頬を赤く染めて寝ている彼女にもそう評価されてしまうのだ。 理想というのは形の出来た夢で、欲である。私のに関しては、儚さを信じないでいようとする意地っ張りで、これこそ人間風情といえよう強欲である。 彼女が起きた。予想していたより早いお目覚めで、酔いは既に覚めているようである。酒を飲み尽くした次は料理に手を出し始め、それもまた圧巻する吸引力で平らげていく。 花見日和の今日、先程までかすかに存在していたあの薄桃色の羽は、もう彼女の側には居なかった。暖かな風がさらっていったのだろうか。 来年も、またこうして彼女に誘われたいものだ。
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