4月-②

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 4月-②

 4月-②  キリよく新年度から新元号なら分かりやすかったのに。  年度切り替え時は多忙だと騒いで、後ろ倒しにしたの誰。  後で願書や履歴書を書くのに、混乱するのは私達なのに。  1ヶ月だけ平成な、平成31年度。令和1年度。  平成最後の春。高校最後の春。  春休みで寝坊になれた身としては、かったるさしかない新学期。  弟は私とは違う高校へ、スポーツ推薦でなんとか押し込まれた。  入学式前からサッカー部通い。  早朝から仕度に馬鹿騒ぎしてた。  アイツ何であんな足音やらドアの開け閉めやらうるさいんだか。  今朝は変にニヤニヤこっち見て来て、鬱陶しかった。  本当、別の高校行ってくれて良かった。  生徒玄関前でクラスを確認する。  2年の時と同じく、進路と選択教科ごとに分ける、と先生が言っていた。  多分クラスメイトも大変動はない。  進路どうしよぉお。  めちゃくちゃ苦手な事が無い代わりに、絶対やりたい得意な事もない。  器用貧乏ってヤツなのかな。  下駄箱の扉を上から下へ眺め、名前を探す。  一番下か……ついてない。  背の順は超後ろの方。一番上でも全く構わないのに。  しゃがんで外靴を入れた。  センター試験、地理歴史組。  世界史は米っちが試験には出ないだろう根深いネタまで語ってくれるお陰で、単語は結構頭に入っている。  来年度から大学入試大変革がある。絶対に浪人は出来ない。  勉強も、家も、従姉も、お小遣いも、悩む事だらけで疲れるよ全く。  老け込みそう。  教室には、既に大半が登校していた。  米っちが頬杖ついて窓の外を眺めている。  肩に届くか届かないかギリギリの髪が、春の陽光で仄かな焦茶に透けている。  絶対一緒じゃなきゃ死ぬ!ズッ友だよ!ってベッタベタなノリでもなく、  メロスとセリヌンティウスのような心が汗臭い関係でもない。  けど、最後の1年も一緒でほっとした。  米っちが、処刑される前に、どうしても愛しい受けの睦み合いの為、同人誌即売会に出席せねばならぬ、3日間の日限を与えてくれ。  と言うのなら、私は代わりに邪智暴虐の王の人質になっても構わない。  米っちが罪に問われる事があるのならばきっと、王を題材に薄い本を書いてしまった罪だろうけど。 「おはよー」 「芋氏……」  顔を上げて、力なく笑った。  ヨネスよ。どうしたと言うのだ。  イモヌンティウスは()き友情を信じていると言うのに、君の胸には暗い疑惑の雲が宿ってしまったのか?  後ろから肩を叩かれた。  2年の時も同じクラスだった佐藤ちゃんが、暗い顔でサイド黒板を指差す。 「世界史クラス、女子格付け」  A4の紙が4枚、貼られていた。  名前の羅列、顔の点数、体の点数、性格の点数……。 「何あれ」  サッカー部が春季合宿中悪ノリで作り、学校に戻って練習中、他の部活生にも拡散し、スマホでやり取りするにまで至り、春休み部活の無い生徒の間にまで広まった、人物評価表、らしい。  吹奏楽で学校来てたから、男子がニヤニヤ何かやってるのは噂になってた、と教えてくれた。  100点満点中……。  芋:顔30点、体30点、性格49点。  追記、名前だけ目立ってる。隠れ更年期疑惑。  世界史2(ふた)クラス、計30余名中20番台。  芋って。他の子は苗字そのままが多いのに、芋って。  私を芋と読んでいいのは、戦中喉から手が出る程欲しくてしょうがなかった食べ物同盟を結んでいる、米っちだけだ!  米里:顔30点、体69点、性格(マイナス)10の100乗。  追記、口塞いで、顔隠した状態ならぎりイケる。 「はぁ!?」 「某、キャラが立ちすぎて小童共はついて来られなかったようぞ」  悲しそうな眼で、笑い飛ばした。 「何様なの!?」  他人様を評価出来る程、高成績でもイケメンでも高身長でもないクセに。 「気にしちゃ駄目だよ」 「平気ぞ。瑣末な事。ただ、犯人について思考を巡らせておった」  前に読んだ小説で、捕らえられたジャンヌ=ダルクが兵士共に囲まれ、口々になじられたのを思い出した。  国の為、未来を切り開く為、戦った。  男ならば勇気を奮った誇りと名誉を胸に抱けた筈。  ジャンヌはアバズレ、ふしだら、身の程知らず、気の触れた女、  と戦いの腕とは関係の無い事を延々と罵られた。  戦から目を背けた、同国、同教徒の兵士達に。  見た目、根拠なく決めつけた性格への(そし)り。  男の捕虜も、剣を取った事自体を責められるだろうか。  異性の仲間を作った事を、女を囲いまくってと中傷されるだろうか。 「首謀者、エっグい本のネタにしちゃえ」 「萌えないと描けぬ。現実の知り合いは無理ぞ」  先生方の緊急会議で遅れて始まった全校集会は、  人を容姿で判断してはいけない、心は数字で計れるものではない。  といった説教だった。  どうして、一方的に名前を書かれた私達まで、まだ肌寒い体育館で、  立ちっぱなしで叱られないとならないのか。  私は更年期じゃない。  好きで苛々しているんじゃない。  環境に苛々させられている。  顔も含めた肉体なんて関係なくなって、  精神……脳波で繋がる世界になって、  我慢や親切が正当に評価される時代になったら、  きっともっと心穏やかな人間になれる。
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