黒魔導師と、百獣の王になりたい猫

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黒魔導師と、百獣の王になりたい猫

ネコは、自分にウンザリしていました。 ネコはノラネコです。毎日自分でエサを探さなければなりません。そしてノラですから家族はなんてものはなく、孤独でした。 そんなある日、ネコは黒魔導師のウワサを耳にしました。 その黒魔導師は、転身の魔法の使い手で、他者をどんな存在にも変える力があるというのです。 ネコはさっそく、黒魔導師の元を訪ねました。 黒魔導師はヨボヨボの、枯れ木みたいなお爺さんです。その黒魔導師は気持ち良さそうに、お昼寝をしていました。 こんな耄碌としたじーさんで大丈夫なのか、とネコは心配になりました。 しかし、とりあえず黒魔導師を眠りから起こします。黒魔導師は目を擦りながら、ゆっくり起き上がりました。 「なんじゃいネコくん、人がせっかく気持ちよく寝とったのに」 「なあ、お前が黒魔導師なのか?」 「いいや、ワシは原始人ではない」 「クロマニヨン人じゃねーよ! 黒魔導師かって訊いてんだ!」 「おお、そうかそうか。いかにも、ワシが黒魔導師じゃ。えっと……」 そう言って、黒魔導師はじっとネコを見ました。誰だったかなあ、知り合いだったかなあと、記憶を呼び起こしているようです。 「えっと、ああ、君か。覚えとる覚えとる。久しぶりじゃのう」 「初対面だっつーの」 じーさんボケてんのか、とネコはますます心配になります。 「じーさん、転身魔法ってのが使えるんだろ? 突然で悪いんだが、オレをライオンにしてほしいんだ」 「はあ、それはまた、どうして?」 「ネコである自分にウンザリしてるんだ。孤独であるオレと違って、オスライオンはメスに囲まれたハーレムだし、狩もメスがやってくれるんだぜ? ああ、同じ種族なのに、オレとは大違いだ!」 「そうかの? ネコも素敵じゃと思うが」 「頼むよ、魔導師のじーさん」 「魔導師ではなく、黒魔導師じゃ」 「細かいな。魔導師と黒魔導師は違うのか?」 「いや、大して変わらん。なんとなく『黒』ってカッコイイじゃろ? だから勝手にそう名乗っとる」 子どもみたいな理由に、ネコは呆れて目を細めました。 「なんじゃその目は! 黒カッコいいじゃろ! 普通のエルフより、ダークエルフの方がカッコいいじゃろ! 普通の下着より、黒い下着の方が大人っぽくて興奮するんじゃ!」 「知らねーよ。後半お前の性癖の話じゃねえか!」 ちなみに、黒魔導師はダークエルフを、黒ギャルか何かだと思っています。 「とにかくオレを百獣の王、ライオンにして欲しいんだ。猫科最強、いや、哺乳類最強のライオンに」 「ほう、変わってるのう。ヤク中の王になりたいとは」 「ヤク中じゃねえよ百獣だよ! ひゃ・く・じゅ・う! ……まったく、クスリやってんのは、じーさんなんじゃないか?」 「な、なな、何をっ、ワワワ、ワシはクスリなど、ややや、やっておらんんぞい!」 「やってる奴のリアクションだなぁ!?」 怪しすぎるこのじーさん。いろんな意味で真っ黒だ。そう思ったネコは、帰りたくなってきました。 「まあ待てネコくん、からかいすぎたわい。久しぶりの客に、テンションが上がってしまったのう。わかった、ネコくんの願いを叶えてあげよう」 「本当か? 助かるぜ。さあ、早くオレをライオンにしてくれ!」 「ただのう、一つ忠告じゃ」 黒魔導師は声を潜めました。 「ワシの魔法は単純な変身ではない。変身ではなく転身じゃ。文字通り、別の存在に生まれ変わるのじゃ。転身前の記憶は、完全に失われる。君は今の君ではなくなる。それでも本当にいいのかの?」 「ああ、かまわないぜ。むしろ好都合だ。みじめな自分を忘れられるなら」 「よろしい。それではいくぞい」 「やってくれ」 黒魔導師は呪文を唱え、杖を振りかざします。するとネコの体が、まばゆい光に包まれました。 やがて光が消えたとき、そこにはネコの姿はありません。そこにいたのは、まごうことなき、一匹のライオンでした。百獣の王という称号にふさわしい、勇敢な姿です。 「アフターサービスとして、サバンナに送ってやるわい。ワシを食べようとしても困るしのう」 黒魔導師はそう言うと、杖を振ります。するとライオンの姿は、一瞬で消えました。魔法によって、瞬間移動したのです。 「さて、もう一眠りするかの」 そう言って、黒魔導師は何事もなかったかのように、目を閉じました。 ※※※※※※ 「貴方が黒魔導師ですか?」 ある日のこと、お昼寝をしていた黒魔導師の元に、一匹のライオンが訪ねてきました。 たてがみが立派な、オスライオンです。 「貴方は転身魔法というものが使えるんでしょう? ボクを転身させてはくれないでしょうか? 今の生活にはウンザリなんです」 「ほう。何か不満でもあるのかの? オスライオンはハーレムなんじゃろ?」 「ハーレムなんてまやかしです。それってつまり、たくさんの妻たちの機嫌を伺わなきゃいけないってことです。あちらを立てればこちらが立たず、毎日修羅場ですよ! 狩をしてるのは向こうだから、ボクはろくに文句も言えないし。それにオス同士のケンカに負ければ群れを追い出され、子どもを皆殺しにされるんです。なんて残酷なんだろう! こんなのはウンザリです。ボクは自由になりたい」 「具体的に、何に転身したいんじゃ?」 「ネコです!」 「ネコ」 「そう、ネコです! しかもノラネコがいい! ノラネコはなんて自由なんだろう。何にも縛られず、自由気ままなライフスタイル! ああ、同じ種族なのに、ボクとは大違いだ!」 「ああ、なるほど」 黒魔導師は思い出しました。 「久しぶりじゃのう、覚えとる覚えとる」 「はあ? 何を言ってるんです? 僕と貴方は初対面でしょう。それよりも早く、ボクをネコに──」
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