3,ピー太

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3,ピー太

 母のマンションを訪ねた週の日曜日の午前中、正太郎は、ホームセンター内のペットショップにいた。これと言った目的はなかったが、父と、ゆうべ父が連れ帰った女が起きる前に、家を抜け出して、自転車でやって来たのだ。  まだ人気の少ない店内を、ぶらぶらと歩いていると、ガラスケースの中のセキセイインコが目に入った。ヒナが数羽いて、一羽の値段は、正太郎の小遣いでも買える金額だ。  ケースの中を、じっと眺めていると、店員の男性が、声をかけてきた。 「インコ、好きなの?」 「うん。まぁ」  飼ったことはないが、以前、亡くなった祖母の家で飼っていて、おしゃべりが上手だったのを覚えている。  店員は、さらに話しかけて来る。 「手乗りにするの?」  もう、正太郎が買う前提になっている。 「いや、そういうわけじゃないけれど」 「だったら、こっちの子なんかどう? 少し大きくなっているけれど、まだ生後一ヶ月ぐらいだよ。手乗りにするには、ちょっと遅いかもしれないけれど、もう自分で餌が食べられるし、ちゃんと懐くよ」  どうやら店員は、売れ残って育ち過ぎたヒナを、なんとか正太郎に買わせようとしているらしい。白地にブルーの斑が入った、ふわふわとして、きれいなインコだ。  心が動いた。この小さな生き物は、孤独な心を癒してくれるだろうか。 「でも、ケージがないから」  正太郎が、そう言うと、脈ありと感じたのか、店員は、早口になって、まくし立てた。 「ケージなら、安くしておくよ。もし買ってくれるなら、水入れと、餌もサービスするけれど」  結局、たいして迷うこともなく、ヒナと、必要なもの一式を買った。母にもらった一万円札で払って、十分なおつりが返って来た。  ヒナを連れて、家に帰ると、女は帰った後で、父が、キッチンのテーブルで、一人カップラーメンをすすっていた。 「なんだそれ」  正太郎の大荷物を見て、驚いたように父が言った。正太郎は、片手に、ヒナが入った小さな段ボール製の箱、片手に、梱包されたケージの入った手提げ袋を持っている。 「インコだよ」 「ふぅん」  自分が勝手なことをしているぶん、父は、正太郎に、あれこれうるさく言ったりはしない。父にかまわず、そのまま階段を上がって、自室に入る。  そっと箱を開けてのぞくと、ヒナは、干し草が敷かれた箱の中から、きょとんとこちらを見上げている。その箱を、そっと机の上に置くと、正太郎は、ケージを組み立て始めた。  ケージを組み立て終わると、いったん階下に下りて、水入れに水を入れて、部屋に戻る。父は、どこかへ出かけたらしい。  水入れと、餌をたっぷり入れた餌入れをケージにセットしてから、ヒナをケージに移した。ヒナを箱から出すときに、少し緊張したけれど、両手で、そっと包み込むように持つと、ヒナは、抵抗しなかった。  ヒナの入ったケージを、日当たりのいい窓辺に置く。 「暑いときは、風通しのいい日陰に置かないと、熱中症になっちゃうからね」  店員に言われた言葉を思い出し、心に刻みつける。ほかにも、いろいろと注意事項があった。か弱い小鳥は、いつも気をつけていないと、すぐに死んでしまうらしい。    正太郎は、インコを「ピー太」と名付けた。ピー太は、呼びかけていると、すぐに覚えて、自分の名前を連呼するようになった。試しに、「正ちゃん、正ちゃん」と話しかけてみると、それも、すぐに覚えた。   ピー太だけが、心の拠り所になった。
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