4,受験勉強
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4,受験勉強

 毎日が、つまらなく、苛立たしく、ピー太をかまう以外、何もする気が起きない。学校の成績も、ずるずると下がって行った。  やがて、三年生になり、進路を考えなければいけない時期になった。ほとんどの生徒が、高校進学を目指していて、おそらく自分も、そうなるのだろうと思いながら、まったく実感がわかない。  だが、ある日、突然、目標が定まった。放課後、一人、家に向かって歩いていると、突然、後ろから声をかけられた。 「正ちゃん」  正太郎のことを「正ちゃん」と呼ぶ人物は、限られている。母と、藍沢のおばさんと、それに……。  振り向くと、志絵が、笑顔で手を振った。顔を合わせるのは、久しぶりだ。 「家まで一緒に帰ろう」  そう言いながら、志絵は、小走りに近寄って来て、そのまま、正太郎の横に並んで歩き始める。 「友達、一緒じゃないの?」  黙っているのも気まずくて、どうでもいいことを話しかける。 「だって、あそこの曲がり角から、いつも一人だもん」  志絵が、ちらりと後ろを振り返りながら言った。そして、何げなく続ける。 「正ちゃん、志望校決めた?」 「いや……」  進路のことなど、まだ、何も考えていない。 「ふぅん。私は、一応、第一青松にした」  地元では、そこそこレベルの高い高校だ。志絵は、勉強が出来るのだ。 「まだ決めていないなら、正ちゃんも、第一青松にすれば?」 「え……」  二年からクラスが別なので、志絵は、現在の正太郎の成績がひどいことを知らない。  やがて、正太郎の家の前にたどり着き、数軒先に家がある志絵とは、そこで別れた。  玄関の鍵を開け、二階の自室に上がる。 「正ちゃん、正ちゃん」  部屋に入るなり、ピー太が、止まり木の上でステップを踏みながら、おしゃべりを始める。正太郎は、部屋着に着替えながら、初めて、進路について、具体的に考えてみた。  志絵と、同じ高校に通う自分を想像してみる。第一青松の紺色のブレザーは、きっと、志絵によく似合うことだろう。  だが、成績が、落ちるところまで落ちている自分が、今から勉強して、果たして、第一青松に合格することは可能だろうか。  とは言え、まだ、時間はある。もともと正太郎は、二年生の初めまでは、クラスの、上位十人以内に入っていたのだ。  両親が離婚して以来、いや、それ以前から、ずっと、いやなことばかりだったし、そうでなくても、自分は、ずっと冴えない人間だった。  だが、ここら辺りで流れを変えたい。孤独で自堕落で、つまらない毎日は、もう終わりにするのだ。  いつまでも、ぐずぐずと自分を憐れんでいないで、勉強しよう。志絵と一緒に、第一青松に通うことが出来れば、きっと、自分は変われる。  その日から、正太郎は、勉強を始めた。とりあえず、最初にやる気をなくして、つまずいた辺りまで立ち返り、勉強し直す。  塾に通ったりはしなかったが、授業にも、身を入れて取り組むようになると、徐々に成績は上がって行った。 「最近、頑張っているじゃないか」  小テストを返してもらう際に、担任の数学教師にも、ほめられた。  そうして、数ヶ月の間、寝る間も惜しんで、一生懸命勉強を続けた結果、見事に受験に合格し、志絵とともに、第一青松に入学することができたのだった。 「正ちゃん、オリコウサン。エライネ」  もちろん、わかっているはずもないが、ピー太に合格通知を見せると、そう言って、ほめてくれた。  父は、相変わらず女と遊んでばかりで、正太郎の合格にも、あまり関心がないようだったが、そんなことは、どうでもよかった。 もともと、父には、何も期待していない。必要なお金さえ、出してくれれば。  それよりも、その日の夜、志絵が、おすそわけだと言って、タッパーに入れた赤飯を届けてくれたことが、うれしかった。 「一緒に高校に通えるね」  志絵の言葉に、喜びがわき上がった。
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