5,失恋
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5,失恋

 高校には、毎朝、志絵と二人で電車に乗って通った。幸い、同じクラスになった。  志絵は、ますますきれいになり、並んで歩くことが、誇らしくて仕方がない。正太郎も、中学生の頃よりも、いくらか背が伸び、髪形にも気を遣うようになった。  中学のときとは、まったく違うタイプの友達も出来、高校生活は、薔薇色になると思われた。  毎朝、志絵と一緒に学校に行くので、クラスの中には、二人が付き合っていると思っている者たちもいた。だが、残念なことに、決してそうではないし、帰りは、お互いに、それぞれの友達と行動をともにするので、別々だった。  多分、志絵は、正太郎のことを、今も、ただの幼なじみだとしか思っていない。それは、昔からの変わらない態度で、なんとなく察することができる。  それでも、変わらない態度で接してくれるということは、少なくとも、嫌われてはいないわけだ。ということは、いくらかの可能性も、あるのではないか。  あるいは、告白すれば……。いつしか、正太郎は、そんなふうに思うようになっていた。  そうは言っても、なかなか実行に移す勇気はなかった。断られたときのことを考えると、一気に気持ちが萎える。  その場合、もう、一緒に登校することさえ出来なくなるかもしれない。家が近いことを考えると、その後の気まずさも、並大抵ではないだろう。  だが、正太郎の、志絵に対する気持ちは、抑えきれないほどに膨らんでいた。  ゴールデンウイークが終わった頃、正太郎は、ようやく決心を固めた。いつものように、肩を並べて、駅に向かって歩きながら、思い切って、口を開く。 「あのさ……」 「何?」  こちらを見た志絵の肩の上で、足取りに合わせて、つややかな髪がはずんでいる。  正太郎は、ごくりと唾を飲み込んでから、言った。 「今日の放課後、何か用事ある?」 「うぅん、別に。美智たちと、カフェぐらい行くかもしれないけれど」 「それって、断っても大丈夫なの?」 「大丈夫だけれど、正ちゃん、なんかあるの?」  逆に質問され、どぎまぎしながら答える。 「えぇと、ちょっと、話があるんだけれど」  すると志絵は、なんでもないことのように言った。 「いいけど、話って、今じゃ駄目なの?」 「いや、それは……」  もちろん、こんなところで、歩きながら出来る話ではない。  話しているうちに、駅に着いた。 「いいよ。じゃあ、放課後にね」  そう言いながら、志絵は、先に立って改札を通った。  いつものように友達と帰らず、一緒に教室を出る、正太郎と志絵を、クラスメイトが注目しているのがわかる。  本当は、さりげなく、別々に出たかったのだが、うかつにも、打ち合わせをし損ねた。担任が、帰りの挨拶をして、教室を出て行くと、思いがけず、志絵が、彼の名前を呼びながら、無邪気に駆け寄って来たのだった。  後から考えれば、その態度こそが、志絵の答えのすべてだったのだと、わかる。そこで、計画を中止するべきだったのだ。  適当な言い訳でごまかすことなど、いくらでも出来たはずだ。だが、朝から、告白することで頭がいっぱいで、余裕がなかった正太郎には、そこまで考えが及ばなかった。 「駅ビルにでも寄る?」  志絵の言葉に、正太郎は、首を振る。人がいるところでは、とても話せない。 「あそこで……」  右前方に見えてきた、児童公園を指差す。  公園のベンチで、さんざんためらった後、正太郎は、ついに気持ちを打ち明けた。どきどきして、心臓が破裂しそうで、うわずった声しか出なかった。  言ったとたん、激しい後悔の念が押し寄せる。怖くて、すぐ隣に座る、志絵のほうを見ることが出来ない。  永遠とも思える時間が過ぎた頃、志絵が、ぽつりと言った。 「ごめん。そういう話だと思わなかったから……」  そして、立ち上がると、それ以上何も言わないまま、公園の出口に向かって歩き出した。正太郎は、後を追うことが出来なかった。  茫然と、ベンチに座ったまま、考える。 「そういう話だと思わなかった」って? じゃあ、どういう話だと思ったんだ。「そういう話だと思わなかった」ら、なんだっていうんだ……。  結局、志絵は、何も答えてくれなかった。イエスなのか、ノーなのかも。  だが、おそらく、これはノーなのだ。イエスならば、あんな態度を取るはずがない。  それは、わかっているけれど、それでも、ノーならばノーと、はっきり言ってほしい。そうでなければ、諦めきれない。  何年も前から、ずっと志絵だけを見て来たのだ。ずっと、志絵だけを思い続けて来たのだ。  告白したことによって、そして、思うような答えが得られなかったことによって、皮肉にも、余計に思いがつのるのだった。  翌朝、気まずい思いを抱えながら、いつもの曲がり角で待っていたが、いつまで経っても、志絵は現れなかった。  いつもより、早い電車で行ってしまったのではないか。そう、思い至ったときには、すでに、いつもの電車には、間に合わない時間になっていた。  一本遅れの電車で学校に向かい、始業時間ぎりぎりに教室に飛び込むと、果たして、志絵の姿があった。彼女は、がたがたと音を立てながら席に着く正太郎に、目もくれない。  その代わりに、前の席の女子が振り向いて、一瞬、正太郎の顔を、意味ありげに見た。きのう、二人が一緒に帰ったこと、それとは逆に、今朝は別々に登校したことを、彼女だけでなく、多くのクラスメイトが気にしているに違いない。  休み時間、友達二人と教室を出て行く志絵を、思い切って、廊下で呼び止めた。 「じゃあ、先に行っているね」  友達は、それぞれに、正太郎の顔をちらちらと見ながら、足早に歩いて行った。志絵が、うつむいたまま言う。 「困るよ……」  きのうまでとは、明らかに異なる態度だ。  何も言えないでいると、志絵が言った。 「ごめん。これからは、別々に登校しよう」  そして、言い終わるか終わらないかのうちに、友達を追いかけて、走って行ってしまった。そうか。それが、答えなのか。  予想してはいたものの、落胆し、不覚にも、涙がこみ上げそうになる。  それと同時に、急に、教室の中が気になり始めた。みんな、事の成り行きを、興味津々でうかがっていることだろう。  そう思うと、気まずくて、教室に入れなくなった。結局、廊下の先に、次の授業の教師の姿が見えてから、ようやく、意を決して、中に入ったのだった。  昼休みに、友達にあれこれ聞かれたが、「なんでもない」のひと言で押し通した。本当は、教室にいることすら辛かったけれど、途中で帰ったりしたら、それこそ、何を言われるかわかったものではない。  気まずくても、辛くても、これからも、学校に通わないわけにはいかないのだ。今は、我慢しなくてはならない。  そう、自分に言い聞かせ、必死に耐えた。
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