23人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
「迫田さんは知りません?辞めた理由」
「聞いてないな」
「そうなんですか」と、飯塚は残念そうな顔をした。「お二人って何か、人間のタイプが似てるじゃないですか。だから、何か聞いてるかと思って」
「知らないよ」と、迫田は言った。実際、退職を聞いたのは本人ではなく、上司からだった。「理由は健康問題なんだろ?」
「分からないですよ」と、飯塚は言った。「赤城さんって、噂があったでしょう?倫理的な問題を起こして、網紀委員会に目を付けられちゃったって」
エレベーターは一階に着き、二人は無人のエントランスを歩いて行った。ホールには雨の音が響いていた。
「確かに、そういう噂もあったけど」
どこから出た話なのか、赤城が退職して暫く、その手の噂が伝染病のように社内に蔓延した。赤城の退職は一種のゴシップのようにもなっていた。
「円満退職なら」飯塚は言った。「普通、引き継ぎや挨拶がある筈でしょう?なのに、それもなかった。上司に理由を聞いてもはぐらかすだけだし」
「でも、退会命令や除名をされた訳じゃないだろ」
「そうなんですよね」飯塚はそう言い、腕組みをした。「未成年に手を出したとか、上司の妻を寝取ったとか、SNSで不謹慎発言したとか」
「どうだか」と、迫田は言った。「噂話をするような暇があったら、お前はもっと勉強に励め」
「さーせん」飯塚はそう言って頭を下げた。
二人は屋外に外に出た。生温かい雨が降っていた。真っ黒な雨雲が、蝙蝠の大群のように空にひしめき合っていた。
最初のコメントを投稿しよう!