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◆ 月曜日に菅原と顔を合わせた。同じ会社だからあたりまえだった。 ぎこちない気はしたがお互いに社会人だ。無視したりできる訳が無い。 けれど、週末の飲みの話はお互いに全くしなかった。 勿論俺から誘うことは無かったし、菅原がその事を口に出す事もなかった。 金曜日、久々に家に一人で帰る。 こんなことはどちらかが接待でもあるか、具合が悪いか、仕事が立て込んでるときしかなかった。 菅原が居ないことを考えている自分にイライラしたし、イライラしている自分がとても嫌だった。 こんな時は飲んで忘れるに限る。 いつものコンビニでアルコールを片っ端からカゴに入れて、申し訳程度の乾きものと共に購入した。 真っ暗な部屋に一人で帰って、灯りをつける。 シンと静まり返った部屋が嫌だった。 それでもテレビをつける気にはならなかった。 一人浴びる様に酒を飲んで。いつも以上のハイペースだったので恐らく記憶が飛ぶのは早かったと思う。 気が付いたら寝てしまっていて、気が付いた時には朝だった。 つきっぱなしの電灯が勿体ないなと思った。 まずそこで違和感があった。いつもつけっぱなしなんて事なかった。 起き上がろうとしたところで自分が背広を下敷きにして寝ていた事に気が付く。 皺だらけになって、形が崩れた背広と誰も居ない自分の部屋。 呑みすぎて、今日だけできていないんじゃないという事は漠然と分かる。 その皺くちゃになった背広を見て、湧き上がってきたのは、多分、愛情と呼ばれるものだった。 いつも俺が酔っぱらって寝てしまったあと、背広をかけていたのは多分菅原で、電気をいつも俺より先につけてくれていたのも、消してくれていたのも菅原なんだろう。 ずっと一緒にいて居心地が良くて、それで他にはもう何もいらなくて。ああ、俺にとって空気みたいな存在になっていたのだと唐突に気が付いた。 それに気が付いて、皺くちゃのままの背広を羽織って慌てて家を出た。 菅原の家は、俺の家の最寄駅から二駅と近い。 ICカードが反応する時間も惜しくて、一分一秒でも早く菅原に会いたかった。 家に居ないかもしれないなんて考えもしなかった。 菅原のアパートについてインターフォンを連打する。 暫くすると玄関のドアが開いた。 「どちら様で……。」 驚愕に目を見開く菅原を抱きしめた。 ドアチェーンもかけずいきなりドアを開くのは不用心だと思ったが、だから直ぐに抱きしめられたので良しとしよう。 「こ、河野、何してるんだよ。」 声を上ずらせながら菅原に聞かれた。 「好きだ、菅原。」 至近距離で言って、菅原の顔を見ると目元が真っ赤に腫れている。 昨日泣いたんだろうか。 「その目、俺の所為か?」 そう尋ねると、慌てて、顔をそらせた。 「なあ、部屋入っていいか?」 俺の言葉の意味が漸く頭に入ってきたのか首まで真っ赤にした菅原に聞くと、おずおずと中に案内された。 片付いている部屋に案内されると、もう一度抱きしめる。 「嫌がらせじゃないのか?」 か細い声で菅原が言った。 「は? ふざけんな。わざわざ嘘つきにここまでくるかよ。」 ムカついて、目の前にあった菅原の耳を甘噛みした。 その時鼻孔に入ってきた匂いはたまに嗅いだことのあるもので、なんで今まで気が付かなかったんだろうと思った。 この匂いは時々背広からしてくるもので、俺はその匂いが好きだった。 付いてしまった移り香なんか普通に気持ち悪いもんの筈なのに嫌悪感が無かったのはこいつの匂いだからかと妙に納得した。 「だって、出てけって言ったじゃないか。き、気持ち悪かったんだろう。」 涙腺が緩んでるんだろう。真っ赤になった菅原の瞼から涙が溢れている。 「気持ち悪くは無かったな。なんかムカついただけで。でも今は好きなんだよ。お前が居ないと駄目なんだよ。」 正直に言った俺の言葉に、菅原はとうとう声を出して泣いた。 それを見て、愛おしくてそっと菅原の背中を撫でた。 ボロボロになった顔で「ずっと好きだった。」ともらした菅原が可愛くてその日は一日ベタベタして過ごした。 その日は菅原の家に泊まったけど、俺の背広がぐちゃぐちゃに落ちていることは無かった。 もうこれからずっとそんなことは無いと思った。 END
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