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居酒屋で飲むより宅飲みの方が好きだ。 居酒屋はがやがやとうるさくてゆっくりと話はできないし、何より帰る方法を気にしなくていいのだ。 時々なら酔っぱらって歩いて帰るのも楽しいがほぼ毎週となると面倒臭いという気持ちの方が上回る。 幸いいつも一緒に飲む菅原も「俺は別にどっちでもいいし。」と言って上に俺の家に向かう時にはいつも上機嫌とまではいかなくて、会社で見るときより機嫌がいいように見えた。 コンビニでつまみを選ぶ時も、心なしか弾んだ足取りだったように思う。 お互いに飲みたいものと食べたいものを選びコンビニで会計をした。 結局、つまみはお互いにつつくのでいつも大体一緒に会計をして割り勘にしている。 飲むのは大体俺の家だった。 そっちのほうが自分自身気楽だったし、別に菅原の家に行きたいと思ったこともあまりない。 二人で俺の部屋に帰ってきて、勝手知ったるという様子でつまみをローテーブルに並べる菅原を見る。 そうだ、と思い出して台所に向かう。 実家から送られてきたきゅうりを冷蔵庫に入れていた事を思い出したのだ。 洗ってそのままでいいだろう。マヨネーズでもつけておけば充分美味い。 そもそも、何故料理のできない息子に野菜を送ってくるのだろう。 疑問を直接投げかけたいが、聞けばいい人はいないのか?と聞かれてしまうので今はもうなにも言わない。 とりあえずメールで届いた旨だけ伝える形になっている。 別に恋愛がしたくない訳じゃないが今の気楽な生活が性に合ってる気がした。 缶ビールのプルトップを開けて、とりあえず乾杯をした。 もはや習慣になっているそれは、何を祝ってるのか知らないが、菅原が缶がぶつかる瞬間へにゃりと笑うのはそれなりに気に入っていた。 ムカつく上司の話をしたり、土日に見た映画の話をしたり。 話題は尽きなかった。 だけど、毎回後半の記憶はあまりない。 菅原に聞くと、ベロンベロンに酔って通勤途中に会った犬の話とかをしているらしい。 といっても菅原も酔っぱらってよく覚えておらず気づいたら床で寝ている感じのようなのでまあ似たようなものだ。 だけど、まあそこまで酒癖は酷くは無いようだ。 ただ記憶が曖昧になるだけなのでかわいいもんだと思う。 だって、飲んでるときには着ていた筈のスーツをきちんとハンガーにかけてつるしてあるんだ。 夏は暑くてワイシャツ脱ぐこともあるみたいだけど、朝起きるとワイシャツもきちんと畳んである。 庶民だよなと思うが、来週困らなくて済むのであまり気にしないことにしている。 菅原の背広はかけてあったりそうでなかったりだった。 むしろ俺の方が酒癖いいなとちょっと優越感を翌日の朝感じたりする。 実際そういうと、菅原は困ったように笑っていた。 土曜日は菅原と一緒に過ごす日もあればそうでない日もある。 朝から牛丼屋に向かって飯を食って菅原は家に帰る日もあれば、そのまま二人でDVDを借りてきて家でだらだら見る日もあった。 菅原は親友というのとは少し違うが、気の置けない友人だった。その筈だった。 ◆ 目を覚ましたのは偶然だった。 その日も強か飲んで、そのまま寝てしまったみたいだった。 尿意に目が覚めて、あたりを見渡す。 カーテンの閉めて無い窓から見える外は暗くてまだ夜中だという事が分かる。 菅原の姿にギクリと固まる。 物音をたてた訳では無いので菅原はまだ俺には気が付いていない様だった。 菅原は俺の背広を抱きしめていた。 電気もつけない薄暗い部屋で物音も立てず一人俺のスーツを抱きしめる姿は切迫したものを感じたし、普段の菅原じゃないみたいだった。 酔っている様には見えなかった。 顔色は普通そのものだったし、体も揺れてはいない。 「河野……。」 ぽつりと菅原が呟いた。 叫び出したかった。 何故菅原が俺の背広を抱きしめているのか分からないほど若くは無い。 「おい、何やってるんだ。」 思ったより低く平坦な声が出た。 ぎくりとした様子で菅原がこちらを見た。 その瞳に怯えが混じってるのを見て先程よりイラつく。 「あ、あ、あの、ご…ごめん。」 歯をカチカチと鳴らしながら背広を返す菅原を見て、口をついたのは「出てけよ。」その一言だけだった。 勢いに任せ、菅原の前まで行き、差し出された背広をひったくるみたいに受け取った。 何かとても大切なものをぶっ壊されたみたいで、許せそうになかった。 菅原はオロオロと視線を彷徨わせ、それからもう一度ゴメンと言って立ち上がった。 何度も何度もこちらを振り返られたが何も声をかけなかった。 玄関のドアが閉まる音がしてから、キッチンに向かい冷蔵庫にしまってあった缶ビールをありったけ出して片っ端から飲んだ。 電気をつける気にもならなかった。 裏切られた気がした。
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