自動ドアが開かない

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 スーパーのパート、二年半くらいやっています。  同じ頃にやっぱりパートで入った人で、私より三つくらい下で「永遠のアラサーよ~」っていつも言ってたマルヤマさん――みんなから『マルちゃん』って呼ばれてます――まあ、それでだいたいの年齢はご想像にお任せします、って言いたいところですが。  マルちゃんが笑いながらバックヤードにやってきました。そろそろ交代って時間です。私はこれから4時間の勤務だったのと、このスーパーでも有名なクレーマーの爺さんが昨日の勤務時、開店時から大騒ぎしていたのにフルでつきあわされたショックをまだ引きずっていたのとで、少々気が立っていました。これで上がりだ~ってはしゃぎ気味のマルちゃんのことばが、だからあまり最初は沁みていなかったのかもしれません。  マルちゃん、笑いながらこう言っていました。 「近頃さ、自動ドアが開かなくって!」  なにナニ!? と周りで休憩中の同僚が笑います。 「それ、ドーユーコト?」 「なんかねー、ここのスーパーもそうなんだけど、買い物行ったり銀行行ったりするでしょ? そんな時さ、ドアの前に立ってもすぐドア開かないことが多いのよー、で、ぶつかっちゃったりとか」 「セッカチだからだよ~、マルちゃん」 「気を付けなよ~」  みんな口々に言って笑っています。マルちゃん、人気者なんです。 「分かった!」  いつも笑わせてくれるシノハラさんが大声を出しました。 「体重メッチャ減ったっしょ? だからだよー! 軽過ぎて」  みな一斉に笑い出します。その騒ぎで私もようやく会話の内容に気づいた次第で、見つめていた引き継ぎメモから顔を上げました。  マルちゃんも楽しげに笑っていたので、悪くは取らなかったようです。何と言っても、ニックネームも語るように、決して痩せてる、ってワケでもなかったので、よくムッとしなかったな、と、ずっと後になって思いましたけどね。  まあそこが、彼女のいい所でもありましたが。 「ここのスーパー、ドアの反応遅いってお客にも言われたじゃん? だからじゃないの?」  真面目なツイジさんが、顔と同じく生真面目な声でそうコメント。マルちゃんはそれにも笑いながら 「それがさ、銀行でも、入口でもATM前でも、全然開かなくて。ユニクロも久々に行ったらやっぱ開かなくてさ、まだ始まってないのかと思ってずっと外で待ってたんだよ! したら他の人がドンドン入ってくじゃん? 焦ってさ―」  聞くでもない会話がつい耳に入りながら、私は、昨日あったことを思い出していました。  近くのコンビニに公共料金を支払いに行った時、やっぱりドアが開かなくて、私もひとり密かに焦ったばかりだったのです。  夜、ダンナにその話をしたら、元々理系でオタクっぽい彼は、 「それはだねえ」  と、勿体ぶって口を切りました。  気温や着ている服の色や材質、体重やその他の要因で、自動ドアの反応も微妙に変わってくる、そもそも自動ドアのセンサーには様々な種類があって……  受け売りだとは思ったのですが、その話をしてやろうと思ったせつな、 「じゃ、お先にー」  マルちゃんはにこやかに帰って行きました。  それが、マルちゃんに会った最後でした。  お葬式は近くの葬儀場で行われました。  まだそんなにトシじゃないのに……元気だったのに……そんなひそやかなささやきがあちらこちらで聴こえます。  駐車場ですれ違ったのは、親戚でしょうか。ひとりが声をひそめて連れに言うのが耳に入りました。 「……言ったでしょ? 何だかあの子のことが最近気になってた、って、うん、元気そうにみえたけど、何だか、少し影が薄い感じ、というのか」  でも私は、そんな葬儀場の前で、ギリギリと迫る不安とひとり、たたかっていたのです。  葬儀場の自動ドアの前で。  どうしても、ドアは開こうとしないのです。私ひとりでは。   (了)
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