ひよこ日和

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ひよこ日和

 休みの朝。まだ暗いうちに、それもじいさんより先に起きた。初めてのことだ。 革紐で板を吊るしてあるだけの入口は、そっとやれば音が立たない。隙間風が嫌だったけど、このときばかりは助かった。  荷車を持たずじいさんも連れず、養鶏場へ向かう。裏庭の門には篝火(かがりび)が燃えていた。鶏舎の中ではもう人が動いているからだろう、見張りはいない。  開けっ放しの藁置き小屋に、足音を忍ばせて入る――袋がない! オーナーが今日は少ないだろうと言ってはいたけど、まさか一袋も?  どうしようと迷っていると、どこかで扉が開く音がした。とっさにこの前の鶏の真似をして、藁の中に隠れる。知らない人の大声が聞こえる。 「おい、(おす)のひよこ、これだけか?」 「ああ。今朝はあんまり孵ってなかった」  足音が近づいてきて、僕のすぐ傍に袋を落として出て行った。  扉が閉まる音を聞き、藁から出るまでは、そっと。そして袋を担ぎ、外を確認して――急ぎ、門を出て篝火の下に座り込む。胸が苦しい。指が震える。やっとのことで、袋の口を縛る紐を解いた。  悪魔でもいい。見たことのない何かであって欲しかった。でも聞こえてくる鳴き声はやっぱり……。  そして篝火が照らし出した袋の中身は、雑多にもつれあう、黄色い小鳥たちだった。見覚えのあるものも混ざっている。卵の、殻だ。じいさんとオーナーの会話が蘇る。卵を産まなきゃ意味がない……。
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