GUESS?

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GUESS?

 いったい何時までが昼下がりなんだろうか?  時計の針が12時を超えて、針が下がり始めれば、それはそれで昼下がりなのだろうか?  すると夕方6時まではひるさがることができる。  はずだ。  ひとりがけのソファーでうたた寝てしまい、起きて時計を見ると1時00分。  そこから日本語の曖昧さを楽しむことおおよそ100秒。  何か自分を変えなければこの状況はなんの進展もしない。    成長なんてものはありえやしない。    僕ちゃんはそう確信した。  ざっくり言うと変わることにした。  オールライト!!  僕ちゃんは変わった。  この変化を終えた僕ちゃんを世に知らしめなければいけない。  何故って?  だってさ、変わったんだぜ。  Anyway  まず僕ちゃんはマンションのドアーを開け外を見渡した。  そして右か左どちらに行くか?  考えた。  思慮深く。  結論は左だった。  何故だ?  デニーズ高岳店がこの先にあるがらだ。  僕ちゃんは初めの100歩を数えた。  1歩2歩と進み100歩のところで足元を見た。  100円玉を拾った。  「んーあー」訝しげながら人差指と親指で摘んだ100円玉を見る。  ジッとピントを合わせ少しの間眺めていた。    「昭和48年かよ」ひとりごちた。  たまたま生まれ年の100円を拾い、自分が限りなくおじさんだと思い知らされる羽目になった。    なによりも独身で、ここ何年も彼女がいない。  おじさんの彼女いない歴1年はティーンネイジャーの10年に匹敵する危うさだ。    ベリーデンジャラス。  とっても危険だ。  そう僕ちゃんは10年も彼女がいない。  ということは100年彼女がいないのと一緒だ。  人生80年だとして、一旦死んで来世に魂が食い込んでも20年も彼女がいないのだ。  体感時間としては「激ヤバ」だ。  「お金は拾ったらすぐに財布に入れるか交番にでも届けるべきだな」と年齢から気をそらすために、またひとりごちた。  フッと溜息「お・ち・つ・け」。    100円玉の向こう側にピントをずらし合わせると小さな女の子が立っていた。その闖入者はこちらをジッとこちらを見つめていた。  プロ棋士のようにキリッとした濃い眉毛は「あたしの100円玉返して」とでも言うように何気に挑発的だった。  ほっぺに100円玉くらいの赤いマルを浮かべ、なんだか雨も降っていないのに黄色い雨合羽を着ていた。  ピカチュウってのに似ていたような気がした。  髪型はおかっぱボブちゃんだ。  ピンク色の長靴はサイズが合っていないのか、言う事を聞かない犬でも連れているかのようにブカブカと独立した存在感だった。  僕ちゃんはこれもまたなんとなく手にとった100円玉を女の子に渡そうとするや否や、女の子は短い腕を思いっきり伸ばしデンプシーロールばりにサッと100円玉を奪うように手にとった。そしてジトッと目玉だけ動かして見下ろし、手のひらに100玉がちゃんとのっかっているのを確かめていた。彼女の小さな手のひらにのった100円玉の存在感はそこはかとなく重たそうに見えた。  コイントスで表を取った時のように誇らしげな女の子に向かって、僕ちゃんは「なんか良いものでも買いな」とは言わなかったが、そんな気分だった。  すると女の子はいきなりガッ! と長靴で僕ちゃんのスネを蹴って走って逃げていった。  痛くも痒くもなかったが、僕ちゃんの目は何年かぶりにまん丸になった。  「飼い犬にも噛まれたことないのに!」  ブカブカブカブカと激しい足音を立てて走る女の子は一方通行を逆走しながら角を曲がって消えた。  「さぁさっぱりだ」。  そこからさらに100歩数えて歩いた。  デニーズに、ついた。  ちょいとポッチャリしている女の子がはち切れそうなブラウスで向かい入れてくれた。    「いらっしゃいませデニーズへようこそ」シンプルだがとてもいい言葉だと勘違いするくらい、僕ちゃん好みのポッチャリ女子だった。ほっぺには赤い丸があった。やっぱり100円玉くらいの大きさだ。  僕ちゃんはほんの少しポッチャリした女の子が好きだった「何が悪い」。  そしてほっぺは赤い方が良い。  「だろ?」と言っても同意をしてくれる人間はここにはいない。 Anyway  タバコを吸わない僕ちゃんは禁煙席を指定した。  ポッチャリさんは沢山ある席の中で一番小さなテーブルに案内してくれた。  僕ちゃんは窓を背中にして席に座った。  身長178センチの僕ちゃんは何気にポッチャリさんの胸を見た。  大きな山の中腹あたりに「旅屋」と書いてある名札が名所の看板のように設置されていた。  僕ちゃんはその変わった苗字の名札を無視して山を眺めていた。  透けて見えないかと念を込めたりもした。  「そうなんです。よく聞かれるんですよ」とポッチャリさんは話し始めた。  僕ちゃんはドキッとした。  「へ? あ、そう、その?」とあたふたしていると、ポッチャリさんは続けた。    「旅屋って書いて、たやって読むんです」  「たや?」  「旅屋と書いて、たや」  「たや? ですかぁ?」  パチクリと数回繰り返し名札に目線を変えた。  「アハ、変わった名前だなぁって思ってたんですよ、ハハハすいませんジッとみちゃって」  「いえいえ、みなさんそうおっしゃいます」  「アハ、みなさんね、ハハハ、おっしゃりますよね、ハハハ」ドギマギした。  だってね。  そうでしょう?    「ご注文が決まりましたらそちらのボタンでお呼びください」と旅屋さんは急にマニュアルモードになりよそよそしく去って行った。  ドリンクバーの角をそそくさと。  一方通行を逆走ですもするように。  なんだかマンゴーのパフェを注文しドリンクバーとセットにした。  「丸みを帯びたものが欲しい」そう思った。  「たや? たやねぇ」となんだかいいねなんてツィートしたくなった。  もちろんおじさんはTwitterをやらない。でもインスタグラムが大好きだった。知り合いには誰にも教えていない秘密のアカウントだった。  居心地の悪さはテーブルの敷居に向かって右腕があるからだろうと予測する。そして、左となりのテーブルがやたらと近く感じた。  親近感というか、なんというか? 圧迫感?  おじさん4人はビジネスを熱く語りあう。  聞きたくもないが不思議と感心しながら聞き入ってしまった。  勝手に聞こえてくるものは仕方がない。  ストレスに感じるくらいなら、ここはせっかくなのでそのストレスを前向きに捉えることにした。    iPhoneを取り出し、メモ機能を開き聞こえてくるワードをメモった。  ・ココイチ  ・クラッシック  ・ハウス  ・バイオリン  ・パトロン  ・一宮市  ・もうけたらしいよ  ・成長を願って  後から読んでもなんのことかわからないだろうが、とりあえずメモった。  「とりあえず」という気持ちをいつも大切にしていた。  なんか前向きじゃない?  僕ちゃんは夢で見た事とかもよくメモっている。  溜まったメモを後から読みなおすと他人事のように楽しめるのが、好きだ。  どんな最悪な話でも。  いつの日か夜中に目覚めて書いたであろうメモの中にこんなものがあった。    「鶴瓶! おまえがやれ!!!」    もちろん僕ちゃんは覚えていない。  クスっとするくらい面白いが、有名人だからと言って、あったこともない人を呼び捨てにするのはどうかって思ったりもした。    きっと100回くらいの「デニーズへようこそ」が店内に響き、隣の席がおじさん4人からおばさん2人に変わり、僕ちゃんのメモの箇条書きも変わった。  ・ヨガ  ・インスタ  ・櫻井さん  ・神崎さん  ・やめたい  ・田中さんの旦那さん  ・せめてもの償い  ・女の人には結構多い  ・自分だけの先生  ・ドロドロ  ・カモミール  ・チケット  ・名古屋飛ばし  本当にどうでもよくなったところで、透明な筒に刺さったレシートの金額をチェックした。  817円。  「デニーズは他のファミリーレストランより好きだが、少し高いな」と口には出さずに思った。  さっさと支払いを済ませ部屋に帰ってアマゾンプライムで映画でも観ようと思っていた。  財布を探した。  ポケットの膨らみを探したがなかった。  リュックの底を探ったがそこにもなかった。  通帳を見つけたが、この状況では何もやくに立たない。  あぁカードがあれば、もちろん財布がなければカードもない。  「ないなこりゃ」    ないものはいくら探してもない。  人生に答えなんてものがないように。  財布がないのだ。  「あきらめ」というものを勉強した瞬間だった。  だが、小銭というものはカバンを探ると出てくるものだ。  手を叩いた音で飛び出てくる野うさぎのようなものだ。  フィラのリュックのサイドポケットに1円玉と5円玉、バッグの底に10円玉、メモノートの間に500円玉、100円玉も都合よく2枚見つけた。    そう世の中は都合よくできている。引き寄せの法則なんてものがそれだ。  いや、そんなわけもなく100円足りない。  何をどうしても100円足りないのだ。  雨合羽の女の子が都合よく入店しないかとドアがなる電子音を気にしてみた。大げさだが100回くらいはそうした。  だが何の事は無い。  梨の礫だ。  『投げた小石は返ってこないことから、つぶてのように音沙汰がないことを「なしのつぶて」と言うようになった。   漢字では「梨の礫」と書くが、「梨」は「無し」に掛けた語呂合わせ。   特に意味はない。   ただし、「無しの礫」では「何も無いものを投げること」になって意味をなさないため、形のある「梨」を用いて「梨の礫」としなければならない。』(語源辞典由来より)     今、そんなことを調べる必要はこれぽっちもない。   「さぁさっぱりだ」  仕方がないので気をそらすため隣のテーブルのおばさん2人の話を聞きいった。布団に潜って聴く深夜のAMラジオように夢中になった。  そんなフリをした。  メモには言葉たちが残る。  ・かわいい  ・東京  ・歌を歌う  ・エックスってもともと何人?  ・タイジってだれ?  ・お腹の中  ・コスプレ  ・ミスチル  僕ちゃんはとりあえずコーヒーを飲んだ。  もう限界というところまでおかわりをしたところで、インスタグラムを開き、おもむろにテーブルの上に広げた717円の写メをとった。  今の心情をこう。  つらつらと綴った。  『近所のデニーズでストック。財布忘れてパニック。  717円まではなんとかリュックを探ってかき集めれた。  でも?  後100円、後100円、後100円。  どうしよう?  君ならどうする?  #後100円  #どうしよ  #お腹タポタポ  #君ならどうする  #ヘルプミー  #マンゴーうまい  #さぁさっぱりだ』  場所をここのデニーズに設定しアップした。  そこから100分は経ったのだろうか?  いつの間にか外には雨が振り、ざぁざぁと音を立てていた。  人の足を止め、動きを鈍らせるそんな魔法だ。  もし守護霊がいるのであれば相当きを効かせたのか、バイトを終えて私服に着替えた旅屋さんが僕ちゃんのテーブルの席に座った。  僕ちゃんのフィラのリュックを膝にのせて座った。  突然の出来事に神の存在を確認できたキリスト教信者のような気持ちだった。  フィラのリュックに少し嫉妬もした。  旅屋さんは僕ちゃんに訪ねた。  「お困りですか?」  僕ちゃんは旅屋さんに答えた。  「お困りです」。  旅屋さんにGUESSの白い長袖のシャツはよく似合っていた。  もちろんGUESSの文字ははち切れそうだ。  「よかったらこれ、というか使ってください」。  100円玉をコックリさんみたいに人差し指で僕ちゃんに差し出した。  スーッと音を立てた100円を見て、パチクリしていると。  「よく見るんです。ここのインスタ」  恥ずかしさを通り越したその先には感謝が待っている。  「あ、ありがとうございます。このご恩は」を遮るように「良いんですよ、またデニーズに来てください。その時にでも返してもらえれば良いですよ」  「ありがとう。インスタ」そう伝えると「それでは」と言ってそそくさと旅屋さんは席を立った。  「あ、あの」と僕ちゃんは旅屋さんを逃したくなかった。  100年もの間待ちに待った。  多分きっと、それは?  I GUESS「恋」だ。  そして思いは溢れ。  「どうかしましたか?」  「あ、あの」  微笑む彼女をどうにかして、そう、どうにかして引き止めたかった。  「この後、もしよければ」  外の雨は店内のざわめきをかき消すくらい強く降っていた。  「もしよければ?」  「もしよければ旅屋さん」  「どうかしました?」    「この後・・・」  100年くらいの闇を切り裂いた。  そこには言葉が先にあった。  「この後」  「この後?」  「この後・・・・、コーヒーでもいかがですか?」  フフフと彼女は笑った。    オールライト!   僕ちゃんは変わった。  
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