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大藤が英語が話せると分かっているから、彼には全く遠慮がないのだ。
その中で、由佳が聞き取れたのは、キス、という単語。
それに、大藤は苦笑して英語で返す。
「キス…?」
「キスしていいよって言われたんですよ。日本人は遠慮し過ぎだと。だから、日本人は内気だから、無理なんだと答えました。」
「はー…もう、照れます…。」
「ね?」
くすくす笑う大藤は楽しそうだ。
大藤が連れて行ってくれたのは、先程少し話に出ていた、公園にある、という夜店だった。
屋台のように沢山の店が出ていて、食べるためのテーブルなども、簡易のものだが用意されている。
見た感じ、観光客はあまり居なくて、ほとんど現地の人達が、楽しむために集まっているようだった。
「治安はあまり良くないので、携行品は離さないで。お腹は頑丈ですか?」
が、頑丈?!
「すごく楽しいんですけど、衛生面は日本とは比べるべくもないですから。」
「多分、大丈夫です。」
大藤はバーベキューや、山盛りのポテト、焼きそばのような物をどんどん購入してゆく。
現地の人にガンガン話しかけられても、怯むことは全くなく、これも、新たに発見した姿なのだった。
いつの間にか、海近くのベンチを確保していた、大藤が由佳をベンチに座らせる。
時刻は日没過ぎで、薄紫色のグラデーションが広がる空に、果てしなく続く海が見える。
打ち寄せる波の音を聞きながら、後ろではガヤガヤとした、夜店の音がして、英語とも地元の言葉ともつかないような言語が行き交っている。
「こんな感じでも良かったですか?ホテルの高級ディナーが良かった?」
この辺は高級料理、と言うとステーキ位しかなくて、と大藤は由佳に箸を渡した。
「いえ。なんか…久信さん、すごいなぁって。知らないことがまだあったのねって、どきどきしちゃいました。すごく、素敵なんだもん。ズルい。」
「ふぅん、由佳はそんな風に思ったんですね。」
「ん?」
こんなところに連れてきて、と由佳が言う訳がないことは、分かっていた。
けれど、知らない大藤の姿を知れた、と笑顔を見せるのは…。
──ズルいのは、そっちなんですけどね。
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